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2007-11-27 Tue 02:00
日本は、“欧米の真似をしているから独自性がない”とか、“欧米の文化を何でも取り入れている”とかいわれます−。日本は本当に独自のものがないのでしょうか…。中学校や高校で歴史または国語でもちょっとは聞いたことがあると思いますが、“国風文化”とういのがありますよね。私は大昔でも諸外国との交流はあったようですが、それでもうまく調和させて、独自のものを作り上げていますね。現代は、便利になりすぎたせいか、そんな精神を忘れているような気がします。
仏教渡来から平安時代末期くらいまで、本当に日本の独自性が花開いた時代だったのではないかと、最近思えてなりません。古典などを読んでいると、歴史から学ぶ−ですね^^ 538年に仏教が日本に入ってきたといわれます(諸説あります)。そこから645年の大化の改新までを“飛鳥文化”、大化の改新から平城京遷都までを“白鳳文化”、平城京遷都から平安京遷都までを“天平文化”、そして平安京遷都から貞観、藤原文化と続き、その後、唐風へと変化していくのですが、仏教とは当時は日本のものではなかったわけですよね。聖徳太子による改革を通じて、日本独自の文化が花開き、貴族から庶民まで文化を楽しめる風土ができあがりつつありました。その後、荘園制など貴族が中心のものへとなり、武家政治へと歴史は進み、幕府により鎖国となると、再び江戸文化による日本独自のものが再興隆していますね。 人々は、自己表現の場を求めながらも、伝統や独自の文化を創造していったということを考えると、今の日本は内面を向上させることが必要ではないかと思ってしまいます。実際、諸外国から来る外国の方々は、日本独自のものに関心を寄せ、聞いてきます−“金閣寺はなぜ金色なのか”など…。 せっかくインターネットによってネットワークが広がり、誰でも他の国の情報でも、必要に応じて、取得することができます。そのような情報氾濫時代に、必要なものは諸外国から学び、それに浸るのではなく、日本の独自性を主張することも必要ですよね。私は仕事柄かもしれませんが、そう感じてやみません。 諸外国から学ぶと同時に、日本の文化を発信していける総コミュニケータ時代に向かって、どこか一国に偏るのではなく、総合平均化して、調和文化ができるとよいですね^^ そんな翻訳者も育ててみたいというのが私の理想でもあるのですが…。 ちょっと難しいかもしれませんが、哲学っぽく語ってみました^^ |
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