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2008-04-30 Wed 23:40
外を歩いてると、虫の声が聞こえるようになりましたね。今日は京都では30℃を越え、夏を思わせる日でした。
この虫の声。季節の風情を感じるるのは日本人ならではらしいです。アメリカ人には、虫の“ノイズ”らしいです。 |
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2008-04-27 Sun 23:44
ゴールデンウイークに入りますね。国が決める祝祭日は日本がいちばん多いみたいですね−。でも、年間通じていちばん休みを取ってないのは日本人だそうです。
文化の違いですかね。 |
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2008-04-26 Sat 19:26
昨今、翻訳やDTPにはSE(システムエンジニア)が不可分に結びついています。それらの作業にコンピュータのソフトウェアとハードウェアが深く関わるようになっているからです−。
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2008-04-24 Thu 22:58
ERPの翻訳は、総合力が問われますね。
翻訳は語学だけでは成り立たないことを翻訳者に実感させる、また今後の業界の課題を多数残す分野だと思います。 |
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2008-04-23 Wed 23:52
もうすでに夏日になりましたね−。最高気温が、25℃を越え出しました。
ラニーニャ現象が続いているようですが、昨年に続き、酷暑の予感ですね^^ |
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2008-04-22 Tue 23:39
アメリカに行ったことがあると分かると思いますが、何かを買って、お釣りをもらうとき、加算して返しますね。12ドルのものを買って、20ドルだしたとすると、13、14、15、16、17、18、19 そして20ど。
これは、ユークリッド幾何学までさかのぼるのではないと最近思います。 つまり、マイナスの概念が認められていなかったのです。ピタゴラスまでも。 |
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2008-04-21 Mon 23:28
現代は、音楽といえば、詩がついているのが一般的になっています。日々リリースされるいろいろなアーティストの歌には詩がついていますね。
しかし、19世紀くらいまでは、いわゆる絶対音楽というものと、標題音楽というものが存在し、本当の音楽は絶対音楽という風潮がありました。ワーグナーが楽劇という新たな分野を切り拓き(といっても継承者はいませんが)、音とことばが微妙に織り成す調和を図りました。 その時代までは、音で気持ちや、風景、状況を伝えることがふつうに行なわれていたのですね。 バロック調の音楽の大家ともいうべきビバルディ。『四季』は有名ですが、本当に春夏秋冬を思い浮かべることのできる各楽章になっていますね。 音とは人間の気持ちや感情を伝えるものでした。ことばも詩人がいるように、同じ役割を果たしていました。同じ役割を果たすものが、一つになったのが楽劇やその少し前からはやりだしたオペラやオペレッタですよね。 現代の歌はその延長のような感じなのでしょうか−。 ただ、本当に感動する歌って、たしかにメロディー自体が、何かこころに訴えるものがありますね。 ことばが荒れているといわれている昨今。音にのせてはじめてその真価が伝わるのは実は悲しいことのような気がします。 最近は、ことばで感動を与える時代ではないのでしょうか^^−すべてがそうとはいいませんが。。。。 美しいことばといわれる日本語。もっと、その真価を理解し、世界に発信したいですね^^ |
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2008-04-19 Sat 23:34
よく時間がないから、資格が取れない、という人がいます。でも、忙しいビジネスマンとかにかぎって、たくさん資格や特技を持ってますよね。
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2008-04-18 Fri 22:31
英語には、句動詞というものがあります。他の言語にもあると思います。
これこそ、日本人には捉えにくいものだと思います。しかし、捉えにくいと思うのは、学校文法という観点から見るから、また暗記しようと思うからなんですね。 英語をコミュニケーション方法として使っていると、方向や状態を表す前置詞、語句が重要な役割をはたしていることに気づきます。put up とput up withとでは大きく意味が異なりますね。 bring out、 bring about、 come about、 come aroundなど、動詞の意味範囲が広いほど、暗記には限界があることが分かります。英語基本動詞辞典という辞典がありますが、そこで基本動詞のコアイメージをつかんでおくと、意外と英語を使った口頭コミュニケーション、つまり会話では通じやすくなります。しかし、問題は、翻訳ですね。 翻訳は、文脈依存性が高いものの、会話のように人の表情というものが分かりません。それらがすべて文脈や単語、成句に隠れていますので、句動詞の解釈は難しくなります。ここで重要なのは似たような意味合いを含む文脈をたくさんストックとして記憶し、雲量知識まで高めておくkとだと思います。 昨今、動詞のコアイメージの研究が進んでいるようです。テレビでもそのような英会話番組がありますね。十年くらい前まではまったく定着していませんでしたが、私の学生時代の教授が基本動詞について詳しく、その応用で句動詞に関係する前置詞や副詞のニュアンスがしっかりつかめ、感謝しているかぎりです。 英語が国際語としてますますその重要性をましているように、このコアイメージをしっかり身に付けることが、ネイティブに近い英語感覚やコミュニケーション力を付けていくための遠いようで、近道なのではないかと、最近感じます^^ |
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2008-04-16 Wed 23:49
どんな国に行っても、どんな国の人と話しても、英語をふつうに話してますね。日本人はだいたい考えながら、ゆっくり話して、それでも通じてませんね−。
実は、アジアも文法無茶苦茶だったりしても、話してるんですけどね。 |
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2008-04-15 Tue 23:21
考古学にも興味があり、遺跡をめぐったり、当時の資料を読んだり、画像や写真を調べたりしていると昔の人々の生活からいろいろな文化や発見がありますね。少し前にシンガポールに行ったときフォートカニングというところの博物館に行って、その起源をみたときは、アジアの文化発展期を見ているようで、興奮しました^^
その中で、エジプトの本を読んだときですが、古代エジプト文明に使われたとする象形文字−ヒエログリフにも文法があったのですね。 超著名な考古学者・吉村作治先生がお書きになったヒエログリフについての本を読んだのですが、「限定詞」とか、動作を表すことば、固有名詞は四角で囲むとかがありました。一見、絵文字が適当に並べられていると思いきや、ちゃんと規則性があったとは! そんな大昔から、人間は構造的に考える脳があったのですね。 ことばは文化といいますように、やはり体系的に自国や地域の文化や考え方を伝えるには、体系的、構造的に整理されたことばが必要なのですね。コミュニケーションの原点は、思想の体系化でしょうから...。 現在では、合理主義が中心に動いている欧米文化が世界を暗黙のまま支配しているかに見えますが、その遥か前には、発達した文化がエジプト文明−現在では残念ながら先進国には入れられていない−にあったとは驚きです。 現在の先進国とは世界大戦の戦勝国を中心に、“経済面”での先進性をベースに考えられているのですが、文化や精神性の優れた国や地域こそ、先進国というべきではないかと思ってしいますね^^ ヒエログリフー。もっと研究してみたくなりました。 |
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2008-04-14 Mon 23:28
最近、建設関連の書類に触れることが多いのですが、アメリカの業者と日本の業者を結んで書類を交わすとき、そのシステムの違いに驚かされます。
日本では請負制で、業者さんと設計から工事まで話し合って、改定の上、最終的に支払いがありますが、アメリカは設計の部分自体が、何段階にも分かれていて、日本の業者さんも困惑しているようです。 日本には概念がないのですから、当然翻訳はたいへんです。建設業界用語はありますが、その解説が必要になるのが現状です。 そのため、翻訳といっても、建設工事を円滑に行なうために、通訳まで必要となり、大きなプロジェクトとなります。 文化が違うと、物を作る方法まで違うのかなぁ、とつくづくと思います。 いわゆる西洋が“石”の文化、日本(東洋)が“木”の文化といわれ、建造物にもそれが反映されていますが、それどころではなく、考え方自体が違うのですね。 われわれ翻訳者は英語に関係する文化や流れをつかんでいますので、アメリカ側の言い分は分かりますが、日本の業者さんはたいへんのようです^^ まさしく翻訳=文化のコミュニケーションを体験できる現場ですね。 |
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2008-04-12 Sat 22:41
チベット問題が北京五輪に大きな影を投げかけてますね−。健全なスポーツの祭典が政治の影響を受けるのは悲しいですね。
EUでは加盟国に開会式不参加を呼びかけているらしいですね。 モスクワのときもあったようですが、グローバル化が進む現代でも、特定の国の色にこだわると、バランスが崩れるという象徴のように思えますね^^ |
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2008-04-11 Fri 23:58
道州制がいわれてますね。
特に大阪では現在、新知事が当選して以来、「改革」を盾に、旧来の運営方針を抜本的に見直し、改定しようとしています。これには賛否両論がありますが...。 この例のように、昨今、宮崎県の東国原知事をはじめ、地方が力を付け、独自の路線で地元を復興させようとしていますね。 明治維新以降、中央集権化が進み、欧米システムをすべて受け入れるような形で欧米型民主主義を行なってきた日本。しかし、その前の江戸時代は、幕藩体制という連邦制に近いものでした。ただ、江戸時代は、豊臣秀吉が、折のあわない徳川家康を江戸の湿地帯に追いやったが、そこをバネに家康は江戸を大改革し、都市へと改造し、そこから征夷大将軍となり、逆に全国統一を実現したという経緯もあってか、各地域(つまり“藩”)の勢力を押さえつける方策を行なった結果としての連邦制でした。その表れが、参勤交代などに現れています−参勤交代には膨大な予算が必要で、地方の藩から中央の江戸への現代でいう出張費は藩には恐ろしい負担だったようです^^; 現代は、「ナレッジマネジメント」ということばがあるように、地方が独自のシステムを構築しつつあります。「せんたく」という地方自治体の有志ネットワークができたように、地方同士が手を取り合って、トップダウンではない、ボトムアップの改革が静かに始まっているような気がします。 外交や国の経済は政府が責任を持ち、それ以外は地方の特色をアピールし、互いを尊重しあって、相互反映する連邦制ができあがるとよいですね。現在は、政府、いや官僚が力を持っています。威圧して何かを作っても、よいものはできません。本当に必要性を感じて、草の根的に作り上げたものは磐石ですよね。 そんな道州制が生まれるとよいなぁ、と思います。 宮崎、大阪、そして次は、どんなユニークな知事が現れるのですかね...楽しみです。 |
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2008-04-10 Thu 21:42
翻訳料金の計算は、起点言語の単語ベースでする場合がほとんどです。パッケージサービスのように他のサービスと組み合わせてプロジェクトを組み、一括で請求する場合は別ですが...。この単語ベースを“ワードカウント”といいます。
その場合、外国の取引相手に対して、日本語から英語への翻訳サービスを提供する場合、起点言語でのワードカウントがあまり好まれないことがあります。 英語やその他屈折言語をベースに考えると、言語の最小構成単位は“単語”になります。実際、英語では単語ごとにスペースが置かれ、文が構成されます。しかし、日本語も単語という概念はあるものの、ワードカウントではなく、文字カウントとして料金計算します。 「明日は」という語句は、「明日」と「は」ではなく、「明・日・はという3文字で計算されるのが通例です。それが分かりにくいためか、日本以外のクライアントは、日本語から英語への翻訳では起点言語である日本語ベースではなく、対象言語である英語ベースにしてくれるよう要請があります。この場合、翻訳が完了して納品する場合はよいのですが、逆に見積もりを依頼された場合にたいへん難しくなります。といいますのは、まだ翻訳されていない英語の単語数はカウントしようがないからです。したがって、英語にしたら、このくらいになるという概算しかできません。 日本語の学習が世界でブームになっていますが、その潮流の中にあっても、日本語の特性はまだまだ理解されていない感は否めませんね^^ 英語は世界言語であるため、仕方ないのかもしれませんが、時代の潮流では、たとえば、最近、大阪・道頓堀の「くいだおれ」が閉店することで、大阪では話題になっていますが、食物文化で、“大勢が求めるからそれに対応する店舗を開設する”という考え方から、“その店にしかできないサービスや商品をアピールする”ことへと変化してきていますが、日本語関連の翻訳サービスもそれにもれることなく、オンリーワンを目指し、その特徴の理解をいっそう求めて生きたいですね。 |
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2008-04-09 Wed 23:50
翻訳するにはスピードが必要です。
よく新規翻訳者として働きたいという人が言うことに、「時間をいただければ、しっかり訳せたのですが...」という言い訳があります。 これは、臨時でフリーランスになりたての人が担当することになった場合に、その人に納期を提示してその範囲内で仕事をしてもらうことになったときに、よく聞かれる言い訳です。翻訳に関する会合に出ると、そのようなことを言う新規翻訳者が多いと嘆く翻訳会社があります。 語学に専念してきた人であれば、ゆっくり時間をかければ、ある程度質の高い翻訳は当然できるでしょう。しかし、仕事には納期があります。決められた納期内に、“専門分野”に対応できる表現やスタイル、“安定品質”のある翻訳を完成させるのがプロ翻訳者の責務です。市場に出す商品やサービスを支える大切な役割を果たす翻訳には重大な役割があります。 翻訳納品が遅れた、クライアントの求める品質の翻訳が提示できなかったために、そのクライアントの商品やサービスが適切なタイミングで市場にデビューできなかった場合、翻訳者の責任は大きくなります。 翻訳にはスピードが必要です。社会の進化の高速化に伴い、その需要はいっそう高くなるでしょう。たとえば、プロの翻訳者は一定の品質を保ちながら、一日に3000語〜5000語(15ページから25ページ)訳します。単純計算では、約1週間で100ページ程度の薄いマニュアル一冊を訳出を完了することになります。 このスピードを出すにはなれと同時に、どの場面でどう訳すかのテクニックが適時発揮できなければなりません。運用知識と基礎知識およびその上に経験が求めらます。 時々、分厚い研究論文を数万で翻訳してほしいという学生からの依頼がありますが、実情をもっとしってほしいと思いますね^^ 翻訳のスキルは、支援ツールの多様化、高度化ともあいまって、ますます高いものが求められることになるでしょう。新しく翻訳者を目指す方は、その辺の実情もあわせて把握し、研鑽をしなければならない時代なんでしょうね...。 応援したいところです^^ |
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2008-04-08 Tue 23:26
日本語の漢字には音訓があり、しかも同じ組み合わせの漢字2字でも違う発音になり、意味も変わってしまいます。
中国語は原則、発音も意味も一対一なのに…。もちろん例外はありますが…。 たとえば、日本語で「銀杏」と書けば、“ぎんなん”とも”いちょう”とも読みますね。文脈や状況に応じて使い分けていますが、話している最中で大きな勘違いをする日本人はまずいませんよね。 中国語は同じ漢字でも、一つの単語に対する発音は一つで、違う意味になれば、違う表現を使います。同じ漢字文化でも、社会の高コンテキスト、抵コンテキストの違いでしょうか。つまり、ことばよりも社会的な、人間のつながりを重視する文化=高コンテキスト文化では、同じものでも状況によって微妙に意味合いや内容を変えて、その微妙な変化を伝達することが多いようです。タイ語も似たようなところがあります。 中国は、縦割り行政という政治システムの影響もあるのでしょうが、やはり漢字文化、儒教を芯に持つ文化であっても、コンテキスト性は日本よりは低いようです。つまり、よりことばに頼って、コミュニケーションをしているのです。 中国語には、慣用句や成句が驚くほど多く存在します。ことばを巧みに使ってコミュニケーションととることの表れがこんなところにもあるのですね。また、中国人は一般的に議論好き、早口が多いのも一理あるような気がしますね。 アジアという地域―狭いようで、多様な特色溢れるところですね。 |
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2008-04-07 Mon 22:53
現代の英語はすべてが、英語圏のものではなかった…。
日本人は学校で単語や句、文法で覚えこまされてしまうので、意外と気付きません。そこには歴史の証でもある“文化の合流と調和”があるんですよ。 動詞の過去形、過去分詞形を習ったときに、疑問を覚えた人もあるかと思いますが、そのまま不規則動詞として覚えさせられた記憶があると思います。あれは、実は借用語なんですよね。 go→ went→ goneなど、wentは実は、本来の英語の古語≒アングロサクソン語の発展形にはなかったようです。過去を表すものが存在しなかった。つまり、その行動を過去にする必要がなかったということですね。それが、他の言語を使う民族との交流や接点を通じて、会話にも入るようになり、語形変化としてその名残を残しているということですね。 vやwについてもあり、wはv+vの形で使われていたのが、母音との融合が置き、日常で使われているうちに、wが生まれたらしいです。 英語は現在、世界で使われていますが、大まかに米語と英語に分かれますね。アングロサクソン系として発生したブリテン島から発展した(ハノーバー朝、チューダー朝など途中ヨーロッパ大陸の血統も合流していますが)英語は、名誉革命、清教徒(ピューリタン)革命で分離した一部の人々が新大陸(現在のアメリカ合衆国)に移住してできた米語とは、異なります。原点は同じですが、アメリカではより民族混合が起こり、ことば自体が大きく変化しています―文化が違うのですから、当然ですが。 昨年、イギリスに行った後、アメリカに行ったのですが、表現がなんと違うのだろうと改めて感じました―同じ英語なのに^^; 国際語としての英語の重要性は今後、ますます見直されるでしょうね^^ |
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2008-04-05 Sat 23:39
『ロスタイム』という番組やってますね。人生のロスタイム。もしそんなのがあったら、いろいろ考えさせられますね。
時間をムダにせず、クリエイティブな生活をすれば、そんな必要さえないかもしれませんね。 今日のストーリーは、大泉洋・主演で、”受験に失敗して、引きこもりになり、12年を無駄にしたために、死ぬ間際に与えられたロスタイムが12年”というものでした。 現代の世相を風刺した面白いものでした。特に、大泉洋さんや助演の温水さんが面白い構成に拍車をかけていましたね。高校生から受験に失敗することもなく、順調に人生を進むと、すべてが自分の思い通りになると勘違いしてしまう人が多数います。若いときに、環境や自分の選択ミスなどにより、苦労を経験すると、後生で味のある人間になったりします。 ひきこもりは、いわゆる現代病のひとつでしょうが、失敗した、または何の環境的な要因に失望して、自己の内面にこもるのでしょうが、たとえば、私が経験したわけではありませんが、戦時中、そんなことを言っていたら、放って置かれるか、根性たたきなおされるかですよね。 自己保身の集大成のような病のような気がします―専門家に怒られるかもしれませんが^^ 今、ゆとり教育のつけがきているようですが、個人主義の間違った植え付けにより、あまりにも自己の主張を通そうとする人が増えているような気がします。電車内、レストラン内...他人への配慮不足が気になる場面に頻繁に出くわします。 今、ゆとり教育の渦中に、中学校、高校で過ごした方々に、ロスタイムが与えられたら、どうなるでしょうか? 人生を振り返る時間って、必要ですよね。 周りを見る余裕がないと、本当の自分は見えてこないものですから...。 そんなことを考えてしまった、ドラマでした^^ |
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2008-04-03 Thu 23:28
駐屯のアメリカ兵の問題は難しいですね−。
日米安全保障条約の下、米軍が日本国内各所に駐留しています。いざというときに、名目上、軍事力を有しない日本を軍事的に守ってくれるのですが、米兵の問題がつきませんね。 もともとまったく文化の違う土壌で育っているというのと、慣れない国でも長期駐留で、精神的に不安定になっているのでしょうか。犯罪が多いですね。治外法権というと、不平等条約といわれた日米修好通商条約を思い出します。1854年締結でしたか。日本が政治的に脆弱な時期を狙ってか、アメリカ側に有利だったようです。それが大幅に改善され、公平な条約となっているはずなのが、今の友好条約なのですが...。私も仕事がら、イギリスや英連邦のコモンローやアメリカの法律解釈を含め、英米法を少しは知っていますが、英米法と日本国内の法令とは考え方から違いますよね。出生地主義と血統主義など。 しかし、治外法権などで、適切な法的処置ができず、日本側も歯がゆいようです。 政治とも絡まってきますが、また、今後の日本の外交ともかかわってきますが、日米間の条約関係も見直す時期にきているのかもしれませんね^^ |
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2008-04-01 Tue 15:54
結局、暫定税率期限切れになりましたね。
今日、仕事でタクシーに乗ったら、運転手さんがニコニコでした。国民にはよいのか悪いのか…にわか喜びにならなければよいですね。 政治の責任は短期的な利益と、長期的な利益のバランスが大切だと思いますから…。 福田政権…どうなんですかね。話し合いの名のもとに、ブランコのような操業のような気がしてなりません^^ |
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