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2008-03-31 Mon 22:36
今日は3月31日。年度末ですね。
明日からは新年度。どの企業も気分新たに新目標をもって進んでると思います。 桜もほぼ満開ですし、“コミュニケーション”深化をキーワードに意気揚々新たな船出をしたいと思います^^ |
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2008-03-29 Sat 23:55
訳文のファジー一致というのがあります。
Tradosを使って、翻訳をしていると、TMのデータにある語句や表現については、「100%一致」といって、その起点言語の文に対応する対象言語の訳文と100%一致しているものがTM(Tradosメモリ)内にある場合があります。この場合、よほど変な訳出で、クライアントから改善指示が出ていないかぎり、そのまま何もせず使うことができ、翻訳者には時間、クライアントにはコストの節約になります。 しかし、曲者があります。”ファジー一致”です。 99%一致、70%一致、20%一致などという表示がTrados Workbenchに出て、翻訳者が見直さなければなりません。 このため、逆に時間がかかることがあります。たとえば、70%一致。20%一致などでは、ほとんど間違っているため、全訳したも問題はありませんし、そのほうが時間が短縮できます。70%くらいの一致では、TMからクライアント要望の表現をツールが自動ピックアップして、表示してくれますが、微妙に起点言語の内容と異なり、結局、その正誤修正を行なった後で、全訳出しなければならず、2度手間です。しかも、ファジーの場合、これまた微妙にレートが下げられています。翻訳者の立場からすると、2度手間なので、逆にレートをあげてほしいものですが、その辺の理解が業界にはないようです。 Tradosは自然言語処理理論の発展とコンピュータハードウェア、ソフトウェア技術の発達により、アプリケーションとして日々利便性が高まっていますが、このへんも改良されるとよいですね^^ |
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2008-03-28 Fri 23:57
人にはパーソナルスペース(だいぶ前から言われていますが)というのがあります。人との物理的な距離感ですが、心理的にもありますね。
こころの問題ですが、トランスパーソナルということばがありますね。 顔見知りの人がある一定の範囲まで近づいても、嫌悪感はありませんが、自分が受け入れていない人が近づくと、無意識的に距離を置いてしまいます。心理学との関連で、夢分析を行なったフロイトがいました。彼はリビドーというこころの衝動があることを唱えました。心理、深層心理を掘り下げたユングという学者もいました。 人間には目には見なくても、最近のスピリチュアル的な言い方をすれば、オーラみたいものがあり、身体を覆っているそうです。今出した”トランスパーソナル”という考え方は、その間を結ぶものということです。 ケン・ウィルバーという学者は「意識のスペクトル」という分析を行い、人間は深層心理ではすべてつながっているということです。その分析にさかのぼること数千年前、仏教学者がすでに似たようなことを説いています―マナ意識など。学問分野を超えた、いわゆる学際的な課題のようですね^^ こころに思ってこそ、描いてこそ行動に出るのですが、そのさらに上を行く概念や朦朧体があり、人間を支配し、そこはかとなくそのつながりをつくり、動かしているようです。 ですから、つながりが強い人間とは、自然と距離を縮めようとし、そうでない場合は、距離を離そうとするのですね。それがパーソナルスペースのような気がします。 コミュニケーションを専門として追求している者として、このようなことも看過できない事象ではないかと思います。人間はことばだけでつながっているのではないことは、非言語コミュニケーション、異文化コミュニケーションなど各書籍でとかれていますが、人とつながりをもって、世界と自国とのコミュニケーションの円滑化を図ろうとするうえで、トランスパーソナル、パーソナルスペースは少し考えてみるべき課題かなと思います。 |
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2008-03-27 Thu 22:46
福田政権支持率が30%切りましたねf^_^;
小泉政権が強烈な印象があったせいか、福田首相目立ちませんね。昔はあんな首相が普通だったような気がしますが…。日本も政策重視の政治になったのでしょうか。 政権の支持率が政権与党(自民党)の支持率を下回ったら、もう崩壊という風潮が、いわゆる永田町にあるらしいです。まもなくですかねぇ。 昨今、国民の政治に対する目がしっかりしてきているのか、小泉元首相がその起爆剤となったような気もしますが、何をするのかがしっかり見えない政権運営はすぐに支持が下降してしまいますね。 民主主義ができた大昔、ギリシャが隆盛だったころ、国民は愚民として、だからこそ、代表者を選出して政治を行なう、と考えられていたようですが、教育が進み、また、日本でも欧米的な自己主張が根を張り始め、自分の生活を自分で守るために、政治に働きかけるような目が出てきたようですね。 福田首相を見ていると、一昔前、細川政権誕生のさらに前のような行動、運営に見えます。 内閣総理大臣というのは、ブレーンがいたとしても、孤独で、あらゆる責任を一人で抱えているのが日本の現在の「議院内閣制」の特徴のようです。これは権限委譲がかなり根付いている欧米とは少し違うようです。それを考えると、この難局を乗り切るには、やはり多少破天荒でも、有無を言わさず、人を引っ張っていくリーダーが必要なのかもしれませんね。 小泉政権時代、広報に非常に力をいれたらしいです―広報担当者が出した本を読んだことがあります。それにプラスして、いわゆる“ワンフレーズ・ポリティクス”が功を奏したようですね。 サミットまで現政権はもたないとする意見さえあります。 どうなるんですかねぇ―。 |
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2008-03-26 Wed 23:23
最近、言語学のいろいろな本を読みなおしていると、なつかしい“構造言語学”がよく出てきます。ことばがあって人間は物事を認識できるという考え方です−ソシュールの理論ですね。
これに関連して、認知言語学、ウィットゲンシュタインの発話行為理論などが出てきますね−。 ことばをめぐってはいろいろな捉え方があります。聖書でも「はじめにことばありき」といわれていますね。神がことばを発したら、そのようになる、ということですが、これは、人間の想像もあるのかもしれません。脳の構造上、命名したものを優先的に認識できるというのがソシュールの考え方ですね。 確かに、りんごを見て、”りんご”ということばがあるから、認識できているようにも思えます。しかし、りんごということばが作られる前はどうだったかという疑問もわきますね。 エスキモーの雪に対する考え方、遊牧民族と農耕民族の使う”牛”に対する区別する語句区分が大きく異なるように、地域や人間の生活主体や考え方がことばに先行しているように思います。 翻訳では、現在、イメージをつかみ、他言語で表現する技法が主流ですが、もっと昔は、漢文のように構造的に分析していましたね。ソシュールからウィットゲンシュタインの発話行為まで、脳の認識構造が問題にされています。サルトルやフッサールという哲学者が実存主義を提唱し、はじめにものありきというような考え方を提示しました。 しかし、この後者の考え方だと、翻訳は不可能となります。 脳に何かのイメージが浮かぶからこそ、言語が変わっても、想像を表現に変えて、他言語で表すことができると思います。この点で、動的機能翻訳は優れた理論であり、実践に生かされているのではないかなぁ、と思いますね。 意味論、語用論が細分化され、言語学が構造つまり、意味やことばが作る周りのムードからも研究が進められていますが、それが効果的で、分かりやすい翻訳を開発する大きな足がかりとなっていると思います。 専門的な話になってしまいしまたが、このような理論的な研究を進めていくことで、さらに安定した翻訳技法を確立できることになるとも思うので、今後も大切な役割ですよね。 翻訳理論や通訳理論を考える団体や学会がありますが、期待したいですし、可能なかぎり参加していきたいですね。 |
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2008-03-25 Tue 22:36
世の中には定説と思われている考え方がありますが、それ自体が本物かは判断が難しいですね−。時代にあっているから定説や新学説があるんですが、時代背景が変わると、さらに新しいものが出てきますね。
例えば、景気動向などはもう古典的な理論やその組み合わせでは乗り切れない状況ですね。古典主義、ケインズ主義の有効需要やマルクス主義から景気の波など、ほとんどすべてが現代の動向を表現するには、そぐわなくなってきていますね。 地動説が唱えられ始めたころ、天動説が主流でした。地球が固定され、宇宙の中心であり、その周りを他のあらゆる天体が回っているというものでした。現代でも、ホーキング博士の「人間性の原理」など、地球が人間を生かすための環境であるという考え方があります。しかし、他の天体すべてが地球を中心に回っているというのは、今考えるとおかしなものですよね。 しかし、中世、特にヨーロッパ地方では、その天動説が主流だったんですね。学説や定説が人を支配しているのはよく分かります。したがって、その定説や学説を超えようとするものには、抵抗勢力が現れ、それを叩き落そうとするのも分かります。 しかし、経済や政治に限っていえば、今や新学説もとめられる時代のような気がしてなりません。 マルクスの資本論では、社会主義から共産主義へと社会システムがアウフへーベン(止揚(向上))され、理想的な社会が生まれるのですが、社会主義は失敗したかにみえますし、共産主義については、その大御所であるソ連が崩壊した今、その正当性は疑問が残りますね。 資本主義の後に、社会主義的な状況が発生するという理論上の考え方も、社会主義と資本主義(修正資本主義)などが並存するまで、すでに現代の諸問題や状況を乗り切るに足るような理論的な土台ではないようです。 あらゆる分野、政治、経済、芸術、宗教、哲学、道徳他が一体となり融和した、新たなものが生まれる時期なのかなァ、と思っている今日この頃です^^ |
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2008-03-24 Mon 22:30
今日、久しぶり『釣りバカ日誌』を見ました。
あんなサラリーマンいないッ!、と思いながら、なぜか見てしまいますね。 でも、浜ちゃんこと、西田敏行がいるのは営業3課なので、人の輪を乱さず、うまくムードを作って、ネットワークを大切にして、マーケティングを行なっているのかなぁ。それにしても、やりすぎですね^^; その釣りバカでも、時々よい仕事をして、クライアントから仕事をもらってくるから、会社も首にするにできないって感じですかぁ〜。 でも、一昔の日本って、何か一つの芸というか、秀でていた人が回りにいたもんですよね。 だからといって、現代のように、周りに多大な迷惑をかけるような非常識な言動はなく、周りがそれを受け入れていたんですよね。 それが崩れている今日。学校あたりも、教師と生徒の質がよく問題にされますが、”個人主義”や”プライベート”の重視もいですが、社会と人のつながりを見直す次期のような気がしますが。。。。『釣りバカ』からこんな思い話題になってしまいました^^; |
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2008-03-23 Sun 23:54
桜が咲き始めました。春ですね。
大阪城でもちらほろ咲き始めているようです。 桜は長くても10日くらいで散ってしまいますが、日本人はそこに情緒を感じるという文化を持っています。欧米人は一般的に、そのはかない命しかないものに一生懸命になる日本のこころが分からないという人もいますね。 その”はかなさ”がいいんですけどね^^ 次の週末くらいは、そろぞろ花見の時期ですかね...楽しみです。 自然美はよいですね! |
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2008-03-22 Sat 22:08
英語を習いはじめると、文法、文法と説明されるようになります。英語でコミュニケーションするようになると、学校で習う文法がいかに浅いものかを知りますね…。
翻訳しながら、見直しをしていると、その存在が必要とも思い、邪魔に感じることさえあります。翻訳には翻訳文法みたいなものが存在します。 統語論と意味論のところで触れましたが、ただ単語のつながり、統語的、構造上のつながりだけで訳しても、意味が伝わらないことがあります。私の経験上、むしろそのほうが多いと思います。 学校では文法を学習しますが、これは統語論のほんの表面的なものにすぎず、それだけを覚えても、”学者”になるわけでないかぎり、英語を話せるようにはなりません。その文法を含む例文をいかに多く覚え、実践に役立たせるかが勝負ですよね^^ 通訳や翻訳では、このような意味で、いわゆる文法が邪魔になります。 ここはひとまとまりに訳す、ここは一語一語訳す、ここは内容をまとめるだけでよい、など同じ文法構造の文でも、それぞれ状況によって対応が違います。学校文法にこだわっていると、その訳出を聞いた一般の人はなんことだかさっぱり分からないことが多々あります。駆け出しの通訳者に多いですね。私もそうでした^^; 翻訳では、この通訳の考え方に似ていますが、統語(文法構造)と意味的つながりを深く解釈して、各分野の基礎知識、運用知識とからめて、対象言語で表現していくことが求められ、また学校文法が邪魔になります。 とはいっても、英語は日本人にとっては外国語なので、赤ちゃんでないかぎり、文法を並行して学習しないと基本ができません。ここでいいたいのは、文法は必要ですが、文法にこだわってはいけない、ということです。 生きた外国語を使える日本人が増えるとよいですね^^ |
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2008-03-21 Fri 22:54
テクニカル翻訳といえば、機械関連やコンピュータソフトウェア関連の文書の翻訳が思い浮かびます。このような文書で使われるテキストは文法的に、構造的にしっかり組み立てられたものが多いですね。英語を解釈するとき統語面と意味面を考えることを書いたことがありますが、統語的な解釈がしっかりしていれば、このような文書の翻訳は問題なくできるように思われます。
しかし、実際は諸問題がありますね。 同じ統語的結びつき、つまり、単語と単語のつながりであっても、内容によって、前倒し訳出が可能なものと、構造的に訳すほうがよい場合があり、翻訳者のテクニカル分野の知識と言語分析能力が問われます。 統語面と意味面とありますが、語用論などと以前触れましたが、文脈や会話の流れに即して、表現や統語解釈の柔軟な変更が必要です。 以前、当社でスポーツ関連の機器使用マニュアルを扱ったことがありましたが、機器の使用だけではなく、人体への影響、筋肉の構造までの説明が含まれ、統語的に訳したのでは、意味がまったくつかめず、クライアントとの密接なコミュニケーションにより、各文章が使われる文脈や状況に関する説明を詳細に受け、意味論的に統語構造の解釈を柔軟に変更し、訳出したことがあります。 これは大成功でした! 中世ヨーロッパから始まった合理主義がベースとなっているインドヨーロッパ言語やその言語使用者の考え方。そのベースの上に統語構造があるため、どうしても合理的にしか理解してはいけないのかと思われるようなこともありますが、そうすると、欧米人はまったく融通が利かないのかというと、そんなことはありません。英語を話す人も、柔軟性をもってことばを操っているのです。 同様に、マニュアルといえども、意味論を含め、雰囲気、文脈、業界のイメージなどをふんだんに取り入れることで、品質の高い翻訳ができあがると思います^^ 今後、ますます熟練が求められると同時に、翻訳者といえども、ただ文面を追っているのではなく、英語を使った生のコミュニケーションをとる必要があるのではないか、と最近、特に思いますね。 |
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2008-03-20 Thu 22:03
翻訳には逐語ベースか、内容ベースかが問われます。ここには翻訳者の力量の差も、微妙に関係してきます。内容ベースには語学力だけでは打破できないものがありますね。
動的等価翻訳という理論がありますが、翻訳は翻訳者の技量に依存するところが多い反面、理論的に体系化できるところもあります。 文化的な、言語構造的な特徴に違いがあるため、起点言語から対象言語への翻訳といっても、逐語的にすべて対応させることは不可能です。法律文や特殊なマニュアル以外は、つまり現在の機械翻訳で対応可能な翻訳以外は、起点言語のパラグラフやフレーズのメッセージを解釈し、それを対象言語で表現することになります。このような考え方を“等価翻訳”といいます。 漢文のレ点などのように、構造を辿りながら、訳出するのではなく、フレーズで区切って、そこを意味の単位として、その単位と”等価”の表現を対象言語で表現するのです。 ここには、統語構造だけではくくれない、チョムスキーの生成文法でいう”深層構造”が関わってきます。同じ形容詞と名詞のつながりでも、意味合いによって、副詞的に訳したり、形容詞的に訳したりします。 ここまで来ると、翻訳者の経験と技量が求められますが、それをも理論化する動きがあります。 機能主義翻訳ですが、その研究ははじまったばかりで、成果を出し、取り入れているグループや個人もいますが、今後の課題という感じです^^ この理論の完成は、将来の翻訳者育成にも役立ちますし、より品質の高い翻訳を安定して提供できることへのつながりますので、急がれるところですね^^ |
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2008-03-19 Wed 20:37
英語を使ってコミュニケーションを図るとき、ふだん日本人が気がつきそうで、気が付かないのは、慣用句の使用範囲ではないでしょうか。辞書によっては、“アメリカで使われる慣用句”、“イギリスで使われる慣用句”、“オーストラリアで使われる慣用句”などの区分があり、例文がのっているものもありますが、学習を進めるうえで、忘れられ、“英語”の慣用句として、頭の中で整理されている傾向にあるような気がします。
日本人が英語を話すのを聞いていると、いかにも、習いましたよ、という表現を使って話しているのを耳にする場合があります。しかも、その話しかけているのは、英語がネイティブではない、英語話者。通じているのかぁ、と見ていると、聞き返されて、逆に説明に困っています。 国際英語では、よっぽど英語に通じていなければ、普通に慣用句などではなく、一般単語のほうがよいと思いますね、最近^^ 慣用句でも、今昔があり、辞書に載っているからすべて現代に使われているか、といえば、そうはいえません。日本語だって、流行語があるんですから、ことばはすべて生きています。英語だって流行があるんですよね。 英語の絶対化は、日本人だけかなぁ...。 ことばを絶対しすることはもうそろそろやめ、文法は多少間違っても、コミュニケーション力の向上に努めるのが英語を使う者の役割かな、と思います。その意味で、慣用句の使用は注意が必要ですね。 |
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2008-03-18 Tue 15:53
円高が進んでいますね。
米ドルベースで仕事をしているため、最近少し気がかりです。 今回の状況は、円高というより、ドル安ですね。アメリカのサブプライムローン失敗によるということですが、さすがはアメリカ。さっそく手を打っているようです−今のところ、結果は出ていませんが...。 米ドルは世界経済の基軸通貨の1つになっているため、世界が動乱しているのですが、投資家を中心に、ドル売り、他通貨への転換がすすんでいるようですね。 ただ、13年前のような大打撃を与えるようには思えませんね。1995年は世界の経済が動乱し、不況の状況も古典経済理論がやや当てはまるような状況でした。それから、時は進み、今や世界が一つになりつつある情報化社会。その中にあって、少し前に“複合不況”とさえいわれたため、オイルマネーの複雑さと絡めて、主要国が協調して動けば、ほどなく収まると思います。 貨幣経済の動向が直接、大きく各関連産業に影響を与える時代は、終わりつつあるような気がしますね。それほど、発展もし、同時に複雑化した社会ですが、ファジーではなく、どこかに次元がまったく異なる対処法があるように思えてなりません。 近年は、IT技術の進化により企業の規模や種類は問わず、個人でも、世界の動きに影響を受ける時代。 物質偏重主義のつけが回ったでしょうか...。主要国の首脳はじめ、関係リーダーの手腕に期待したいですね^^ 、 |
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2008-03-18 Tue 12:54
今、チベット暴動がニュースで取り上げられています。
もともとこの地域は独立した国だったのですが、中国の政策により、その内部に組み込まれています。現在は、グローバリゼーションが進んでいますが、同時にローカリゼーションが確立されもいます。 領土拡大で一方的に制圧したり、思想を受け入れさえたりする時代は終わったのではないかと思います。歴史学者カー氏でしたか、『歴史の終焉』ということばがあります。トフラー博士はよく、歴史をステップに分けて説明されていますが、情報がこれだけ発達した現在、一国の色に染めるのには無理が出てきたのかもしれませんね。 各地域の特性を認めたうえで、世界をひとつにまとめていくのが政治の役割のような気がします。 ソ連が崩壊し、ドイツが統一されたのが一昔前ですが、必要な枠は残され、不要な枠は撤廃される時代になってきたのかもしれません。 権威、権力で押さえつける時代は終焉し、情報戦略が者を言う時代が来ていますが、それさえも越えたローカリゼーションとグローバリゼーションの融合、調和のときなのでしょう。 オリンピックは平和の祭典ですが、その意義がぶれない“北京五輪”になるとよいですね。 祝北京奥運会成功! |
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2008-03-15 Sat 23:26
クライアントが翻訳会社を選考する場合にトライアルがあります。
しかし、この基準はなかなか難題です。 クライアントによって、良しとする表現や用語が違うからです。同じ業界の、同じ分野の翻訳であっても、専門用語は別として、クライアントが統一的な表現を使っている、または好んでいるとはかぎらないのです。 翻訳者を採用する場合もトライアルを行ないますが、それが即、同業界のクライアントに受け入れられるものかどうかは分かりません。通常、翻訳会社は、文章力、文法力、知識力、経験などを基準にしますが、表現は一般的なものを良しとしているようです。後は、案件ごとに調整する場合がほとんどです。 私のところでは、特に日本国内のクライアントの要望を受け入れるため、翻訳者教育に力を入れているところです。 クライアントとのコミュニケーションを十全にとり、分野の動きや知識を豊かにしておくことで、トライアルの水準を上げることができますが、最終的な好みまでは判断が難しいですね。悩みどころです^^; 特に日本国内では、「て・に・を・は」をはじめ、言い回し、「です、ます」か、「だ、である」調かまで、事細かに問われます。翻訳者もその点の訓練が必要になります。しかし、あまりにわがままなクライアントも特にはいますので、翻訳に関する無理解からきている場合は説明の上、納得いただくしかありませんが、それでも...という場合は、自社で翻訳するしかなくなりますね。 翻訳業界−広く普及しているようで、理解が得られない、難しい面がまだまだあります^^ |
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2008-03-12 Wed 06:12
スペースシャトル“エンデバー”が機能、ケネディー宇宙センターから打ち上げられましたね。
日本人の土井さんも同乗して、今回は、国際宇宙ステーションに日本人が生活しながら、実権できるスペースを設置するといいます。 まさしく昔映画にあった世界が現実に近づきつつあるんですね。 人類が自己の生命活動によって汚染され行く地球。その地球から脱出して宇宙に生活空間を求めるのは、よいのか悪いのか...。地球が激震したときに、一時逃れに使うのはよいでしょうが、いろいろ考えさせられますね。 |
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2008-03-11 Tue 23:52
生産者ベースのサービスが多すぎますね。対価が高くても、完全消費者ベースで成功したアート引越センターのような企業もありましたが。少し前、藤原紀香主演でテレビドラマになってましたね。
特に政府系や大手企業は、起業当時のことは知りませんが、客がいて当然のような対応が目立ちます。なるほど、小泉改革以来、窓口業務はどの政府系、大手企業でも改善されたようにみえますが、カスタマーセンターや料金支払い対応はまだまだ昔のようなお上対応ですね。 この前も料金支払いに行ったら、「ありがとうございます」でもなく、淡々と事務処理され、たいへん腹立たしかったことがあります。 消費者経済が冷え込んでいますが、生産側、売る側も、作ってやった、売ってやったという雰囲気を出さないよう気配りが必要ですね。 究極的に消費者ベースで考え、過剰対応しすぎると、企業の利潤も先細りになることもありうるかもしれません。値段の高い安いではなく、気持ちよく買ったり、サービスを利用できるようなムード作りが必要ではないかと思います。 起業したての会社や中小企業は特に、マーケティング戦略や手法を入念に行い、商品、サービス提供を行ないます。大阪の橋下知事ではありませんが、支出を先に計算する政府系企業は、マーケティング努力やその関連の勉強はしているのかと思ってしまいますね。 クレームをつける客ほど期待しているということもありますが、そのような対応が不十分だと、客は離れていきます。客のわがままを聞く必要はないと思いますが、商品説明から広告のあり方、アフタケアまで、大手ほどもう少し気を配らないといけないなぁ、と思うこのごろです...。 |
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2008-03-10 Mon 15:31
最近、クロスメディアということばを聞くようになりました。
いろいろなメディアのよいところを使って、総合的に何かを高めるのですが、たとえば、語学について、インターネット(オンライン)学習で個別指導、インターネット検索で必要な情報を検索、受け取り、ラジオを横になりながら聞いてリスニング力を高め、テレビ放送で対面の対話力を確かめ、書籍で仕上げるといった具合ですね。 昔は、ラジオやテレビくらいしかなく、英語の勉強のリスニングはたいへんでしたね。今は、インターネットでもネイティブの発音が配信されていますし、iPodでも持ち運べます。携帯メディアが発達しているため、空いた時間を駆使して語学力をブラッシュアップできます。 また、諸外国ともメールで簡単につながることができますし、Skypeなどのテレビ電話がここ数年で大きく発達し、昔ペンパルなどで外国と手紙やはがきのやり取りをして、やきもきして返事を待つようなことが今はなく、メールですぐに外国の友人ができてしまいます。ネット社会の危険もはらんでいますが。しかも、国際文通などとは違い、外国語に触れる時間が大きく異なります。 それでも、英語が苦手な日本人は、やはり違った文化的要素があるのでしょう...。 ITや通信機器やシステムが進んだことを駆使して、教育や外国語交渉力を発達させてきた市gなポールやインド。日本も、規律社会、伝統社会を崩すことはないですが、反面、ITのよいところは活用して、政府ともども、対外的な交渉力を高めてはどうかと思います−日本の外交は相変わらずですし...。 |
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2008-03-07 Fri 23:31
翻訳のもっとも多い内容に、法律文があります。
一定の決まりや、訳し方、用語があり、なれない人には難しいようです。形式に慣れてしまえば、そんなにややこしいものではないのですが...。 マニュアル翻訳でも、多少法的な文面があり、経験の浅い翻訳者にとって、また、メカのみの内容にしかなれていない翻訳者には至難のようです。 法律文は、製品の市販や導入には欠くことのできない内容なので、どの翻訳者もある程度は、知識を持つべきですね^^ |
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2008-03-06 Thu 23:30
日本的な、伝統的な様子や単語を英語にするのは難しいですね。
東洋は精神文化が強く、西洋は物質文化が強いといわれますが、精神文化の中心のような日本文化。その社会には、欧米からみれば、抽象的な言い回しや表現が多いですね。 英語を使ってコミュニケーションをしていると、そんな難しさに頻繁に直面します^^; |
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2008-03-05 Wed 23:54
最近、海難事故が続いてますね。
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2008-03-03 Mon 23:19
外国人の書いた日本語を読んでいると、ピンとこないことがありますね。ネイティブ感覚というやつですね。
日本人が英語に翻訳した場合、英語を母語とする方にチェックしていただきます。 同じように、外国の方が日本語に訳した文章は日本人がチェックすることがあります。 日本語がある程度うまい方でも、やはり文章となると、その国の文化的な特性があらわれようです。日本人として読んだ場合、たしかに文法的にはあっているけど...。何かしっくりこないというのが多数あります。 日本人が描いた英語は文法構成がしっかりしているランキングでは世界屈指らしいですが、それでもおそらく、英語のネイティブにとっては、しっくりこないものがあるようです。 私も昔、通訳、翻訳の駆け出しのころ、そのような指摘を受けて納得できないことがありましたが、経験を積むごとに、その気持ちが“感”でわかるようになりました。 世間、資格試験が多数ありますが、試験合格はあくまでスタートラインであり、熟練が求められるゆえんが、最近よく分かるような気がします^^ |
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2008-03-01 Sat 23:08
3月に入り、少しずつ暖かくなってきました。3日は桃の節句で、いわゆるひな祭りですね。本来、一年には気候区分にあわせて、旧暦で24節季があり、時の移り変わりを感じたようです。現代では、あまりそのような風情を感じることは、特に都会ではありませんが、気温が上がってくると、なぜか少しほっとしますね。
今年は大阪でさえ雪が募ったことがある寒い冬でしたが、その分、桜が刺激を受けて平年より少し早く咲くような予報もあります。春の兆しが見えてきましたね。 3月は会計年度でもあり、学校では学年が終わるときでもあります。終わりは新たなはじまり。 仕事がしやすい気候になりました。 いっそう精進していきたいと思います^^ |
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