Mahlers
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残像効果
2007-12-29 Sat 23:29
テレビとかで強烈な映像が消えた後、目の前にしばらく残ることがありますね。

読書をするときにも、メッセージがイメージとして残ると思います。残らなければ、その本を読み終えたときに、内容がさっぱり分からずに終わってしまうと思います。

私は、常にイメージを解釈することを言っていますが、この残像効果が外国語を読む場合にも適用され、そのイメージを母国語に訳するのが翻訳の本来のやり方であると、思います。

なかなか難しいですが、単語を意味で覚えるのではなく、コアイメージを覚えると、長文を読んだときに文全体のイメージがつかめるようになってくると思います。時間はかかりますが、確かな解釈力をつける道ではないかと、考えています。『英語基本動詞辞典』参照。

There is no royal road to learning.ですから...。

まもなく一年が終わりますが、翻訳者として一生、いっそうのブラッシュアップを心がけたいですね。



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仕事納め
2007-12-29 Sat 01:25
今年も残すところ、後僅か…12月28日になりました。今日は、証券取引所では“大納会”、公官庁中心に仕事納めですね(^^)

私のところもオフィスは今日が年内最終日。個人的にはいろいろすることがありますが、一段落です^^

しばらくゆっくりペースです−。
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OPEC戦略...
2007-12-28 Fri 00:37
ガソリンの値段が高騰していますが、25円をめぐり与野党が攻防を繰り返していますね。
財源が減ると、国民に影響しますが、ガソリンが高いと、灯油も高くなり、結局国民生活に影響がでます。

 外交的に、先進国などで協議をはかり、OPECとの協調ができないものかと思ってしまいます。一説には、アメリカのイラン民主化への介入は、パイプラインを含めた石油政策の一環ではないかといわれています。

 昔、日本でも、凄腕の政治家がいましたが、強引さがあっても、北朝鮮のように一党独裁の悪い部分だけがでないかぎり、ある意味では、強さが必要ではないかと思います。シンガポールなどでも、開発独裁といって、強いリーダーシップで、国家を形成し、驚くほど短期間で、先進国をめざすほどになっています。水の問題があり、マレーシアとの関係で今後いろいろ課題もあるでしょうが、そんな政策中心主義がほしいものですね。


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日本の正月休暇…
2007-12-27 Thu 23:57
本年も終わりが近づき、元旦が近くなってきましたね。
クリスマスなどで街はイルミネーションとかできらびやかでしたが、25日を過ぎると一転、帰り急ぐ人々が目立つようになりました。

 また、門松や正月用品をもって帰る人たちが増えてきたように感じます。
クリスマス商戦がはじまるようになって、もう相当年数が経っていますが、バブル期は別として、そこで盛り上がる人は一部のような気がします。日本人は、やはり正月がメインですね。

 欧米では、クリスマスを中心に盛り上がり、新年は“A Happy New Year!”で終わり、2日からは普通に仕事をしている人が大半です―特にビジネスマンなど。

 海外との取引をする上で、よく聞かれるのは、年末年始はなぜそんなに長期間休むのかということですが、それは欧米中心の考え方ですよね^^

 実際、アメリカではクリスマス前は、休みを謳歌しようと、急に仕事が速くなりますし、中国や華僑が多い、マレーシアやシンガポールなどの地域では、“チャイニーズニューイヤー”といって、例年2月にありますが、最大で2週間も休む企業さえあります。

 日本も、周りに合わせるだけではなく、もっと文化的な主張をしてもよい時機だと思いますね。


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文化とコンテキスト
2007-12-26 Wed 23:49
社会にはコンテキストがあります。
以前、日本は高コンテクスト、欧米は低コンテクストと書きましたが、ことばを使わずに意志を伝えるというのは、感性というか、すごい能力であることが海外に行くと気づきます。

 ニューヨーク(アメリカ)に行ったとき、肉の焼き方から添えるものの好みまで、事細かに注文をとられるのには嫌気がさしてしまいました。日本のようにセットメニューというのが一般的ではなく、自分の好みにあわせて選択します。

 この考えが逆に反映されたのが、ファッションですね。自分がよいと思ったから着る、というコンセプトが欧米人にはあるようです。日本では、どうしても周りを気にして選びますが、人との調和を考えるよい風潮だと思います。しかし反面、独創性が出にくいのも事実です。大きな事業が成功するのは、アメリカやヨーロッパが多いのは、独創的で、奇抜なアイディアが沸き、気にせず、開発しようとするところにその起因があるのではないかと思います。

 日本では、どうしても、“出る杭は打たれる”みたいな風潮があり、周りと違うことを嫌う傾向があります。そのため、天才、奇才といわれる人は、日本では世間的には“変わった人”とか、ひどい場合には”非常識な人”といわれ、敬遠されてしまいがちです。また、その人たちが才能を発揮して世に出ると、嫉みや妬みが出てしまいます。そのアイディアが一般化してはじめて、その人はすごい、となります。

 欧米と日本。どちらがよいかは、分かりません。それぞれ使命がありますから...。昨今、欧米的な考え方を持った若い方が増えてきていますが、欧米と日本のよいところだけをうまくブレンドした社会ができることはないものかと思ってしまいます^^;


 
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日本の統治システム?
2007-12-25 Tue 22:44
 今日はクリスマスですね^^ キリスト教の開祖とされるイエスが生誕したとされる日ですが、諸説あるようです。キリスト教のい方にご注意をいただくかもしれませんが、キリストは神ではなく、あくまでも預言者であったんですよね。

 日本では、古来、天皇は神の子孫とされてきました。
 現代は、天皇陛下は「憲法上、“国民の象徴”」となっています。しかし、明治くらいまでは、どうも神格化されてきたきらいがあり、特に軍事政権となる戦時中はそうでした。



 神格化されたのは、伝説の“神武天皇”から由来しているのかどうかは分かりませんが、中国の皇帝と同じような考え方だったのかもしれません。

 もともと日本の天皇は、“大王(おおきみ)”といわれ、豪族が支配していた各地方を力ずくで、統治し、王の中の王として、国を統治してきた歴史があります。後醍醐天皇、後白河天皇など、院制をしいた後も、上皇として実権を握っていました。

 その実態を表す一例として、現代の天皇に至るまでに、南北朝時代には2分された歴史があります。現代の天皇は南朝の子孫ということになっています。この分裂は、実権を振るった地域的にみて、大覚寺統、持明院統と呼ばれています。

 神格化が強化された戦時中は、このような教育さえ封印されていますが、権力を強く誇示できたほうに軍配があがり、勝ち残ったのが現代の天皇家です。

 某政治家が“神の国”といったことがありました(これには前後の文脈があり、必ずしも、世間で言うように“失言”ではないのですが)が、日本は神の国であると言い出したら、今お話したように、伝説に基づいている以上、同じような伝説を持つ国が、ヨーロッパにも、アジアにも、多数あります。ただ、日本は、自然との調和がうまくとれている国民性があり、その象徴として、現代では、天皇を頂いているということがうまく機能しているかのように思えます。


平城京・朱雀門(復元)

 イギリス、オランダやベルギーなどヨーロッパ諸国やタイなど、王国は多数あります。しかし、自然と調和ではなく、自然と対時することを中心としてきた国が多く、その辺が、日本の天皇制が理解できないという国が多いゆえんではないかと思います。

 難しい話になりました^^; 政治論を展開するつもりはありませんが、「国家斉唱」や「国旗掲揚」などを必死に阻止しようとする現代日本が、自然との調和を忘れかけているのではないかと危惧し、一言書いてしまいました^^;

 自然美をもっと敬愛し、学び、権力でもない、宗教でもない、自然象徴としての天皇。

 人間のこころを支える目に見えないコミュニケーション。以心伝心が理解できる国民性。
 もっと世界に訴えていけたらよいなぁ、と思うこのごろです。









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冬至…
2007-12-23 Sun 19:03
昨日は冬至でした。日がもっとも短い日で、そして今日から、伸びていきますね。

その日が天皇誕生日とは、日本の国の歴史を感じますね^^

一日遅れで、“カボチャ”食べて、柚湯につかろかなぁ。
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DTPとTRADOS
2007-12-22 Sat 23:42
翻訳した文章は、何かの形で有形にして、人の目に見えるようにします。本、小冊子、A4での印刷物など。しかし、文章にはレイアウトというものが存在します。ただ、乱雑に並んでいても、読む人には意味が理解できません。

 翻訳した文章のレイアウトはたいへんな作業です。
たとえば、日本語を英語に翻訳して、それを冊子にするとします。翻訳者は日本語と英語の両方が理解できますので、元の日本語がどこにどのように配置されているかが分かります。しかし、レイアウトを行なう人、主にエディタには、英語が分からない、デザイン力に優れた人が多いのが日本の現状です。QuarkExpressとか、FrameMakerなどのソフトウェアを使って、図や挿入写真などを加えて、文章を本、冊子として仕上げるのがエディタですが、英語が分からないと、バランスを重視するあまり、単語を変なところで区切ったりします。それを英語のネイティブが見たときに、違和感を感じます。

 そこで、レイアウト編集のプロセスで、翻訳者の介入が必要なのですが、そこに別途料金が発生する場合が多く、依頼者は敬遠します。Tradosでは、タグが付いた文書を使って、必要なDTPソフトウェアにあわせて変換を行なうと、たとえば、FrameMakerを使っていれば、英語の文章を、そのFrameMakerの日本語の元の文章のレイアウトにあわせて、自動変換してくれます―互換性があるということです。とはいっても、やはり言語上の違いがありますので、翻訳者のチェックが必要ですが、すべてチェックするよりはコスト削減になります。

 ここで、注意するのは、Tradosのタグが重要であることの意味を翻訳者がどれだけ認識しているかということです。

 翻訳者は、外国語を翻訳するプロであり、その他ソフトウェア取扱に関する専門家ではないからです。ただ、昨今、このようなDTPと翻訳との密接性を証明するごとく、Tradosなどの支援ツールが発達し、翻訳者も一定の知識と処理能力が必要となっています。

 同時に、DTPに関わる人も、英語のプロとはいかないまでも、単語の配列など、ある程度文章の特徴を理解しておくことが必要になっています。

 数十年前、一つのことを研究するのに、interdisciplinary(学際的)アプローチといって、他分野の視点からのアプローチの必要性が取りざたされはじめましたが、翻訳と編集・出版業界にもその時期が来ているようです。

 相互の理解とともに、共有知識による業務コミュニケーションの必要性は、ますます高まっていくでしょう―。

 学際的に、相互のクライアントコミュニケーションに向かって、いっそうがんばらなくては^^


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教育の功罪−英語教科の導入…
2007-12-21 Fri 23:59
ゆとりの教育について、昨今、語られています。
学校問題が取り上げられるたびに思うのですが、PTAというのは、「父母と教師の会」の英語の略語ですよね。父母と教師が連携して、地域社会で子供を教育するものではないかと思います。最近は、父母も教師も、互いに責任をなすり付け合っているような気がします。私が子供のころはまだ、先生は怖い(畏怖の意)存在でした。父親も同様でした。
 仲のよい先生もいましたが、やはりどこか教師としての威厳があり、児童・生徒との距離がありましたね。どんなに仲が良いといっても、教師と児童・生徒とは等しい存在ではなく、教えるものと教えられるものという距離があります。それを教えるのは、家庭であったのです。

 私は塾を経営したことがあったのですが、そのときの3者面談で耳を疑ったことがあります―“先生、うちの子を叱らないでください!” 教室で他人に迷惑をかけたことを叱った結果、生徒をかばう母親。異常です。

 塾は学校とは違い、学習面を指導するのがメインですが、やはり社会的な最低限のルールは教えなければなりません。教室は生徒にとって、小さな社会だからです。
 ましてや学校は、その指導は徹底すべきだと思います。生徒の人権とか言われますが、人権擁護と叱るのとは違いますよね。

 学校の勉強は将来役に立たないからしないという生徒が増えています。その教科を勉強するだけが学校の目的ではなく、本来、教科学習を通じたプロセス経験が大切なはずです。そんな教室運営を放任してきたことで、独りよがりで、他人と適切なコミュニケーションが図れない子供が急増し、最悪なケースでは人の話しを聞こうとしない、人の痛みが分からない人間が増えています。

 いろいろな教科で、いろいろな考え方を学んで、成人してから、人生でいろいろな問題に直面するときに自己解決を図るヒントを植えつけるのではないかと思います。

 道徳教育が弱体化し、教科指導を重視した結果、今のようなPTAのムードが出来上がり、最終的に、生徒の動乱を抑制できないことになっています。人権尊重、個人の自由といいますが、日本は法治国家。憲法では、“公共の福祉に反しない限りでの、個人の自由”が認められています。つまり、社会や他人に迷惑をかけない範囲でということです。

 そのような、いわゆる躾は、教科指導の時間を削ってでも、強化すべきではないかと思いますね^^

 教育は社会を発展もさせ、崩壊もさせる目に見えないツールだと思います。

 人いろいろ意見はあるとは思いますが、道徳は軽視してほしくないものですね^^

小学生から英語を教科指導として導入する話題が出ていますが、翻訳者の立場からいえば、母国語でのコミュニケーション力の安定化が優先されるべきと思います−。


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Japanglishとは...
2007-12-20 Thu 23:46
シンガポールの英語をSinglishといいます。
シンガポールは1965年の建国以来、リークワンユーの強いリーダーシップの下、℃開発独裁と呼ばれる政策によって、短期間に大きな発展を遂げました。今は、リークワンユーは一線を退いていますが、教育もその一環でした。

 その中で、日本と同じように資源のないシンガポールは、人材に力を入れるべく、教育を重視してきました。その1つとして、英語を国語同然になるように、学校で始動を行い、大半のシンガポール人が今は、英語を話すことができます。
 といっても、地方などに行くと、やはりその地域のことば、特になまりのある中国語しか通じなかったりして、苦労することもありますが^^

 その英語教育によって、話せるようになったといっても、やはり文化が影響を受けるのですね。以前、「関西の学生の英語は関西弁になっている」と揶揄されたと描きましたが、やはり地域の言語特性からはなかなか抜けられないものです。

 シンガポールの独特な言い回しなどもあり、Singapore Englishで“Singlish”と呼ばれます。同様に、日本人が話す英語も、どんな流暢でも、英語を母語とする地域で長期間生活をしない限り、Japanese Englishで“Japanglish”となっているのではないかと思います。

 イギリスに言ったとき、ピカデリー広場に行きたいとき、その“ピカデリー”のイントネーションが違っていたために、通じず、なかなか行けなかった記憶があります。こういう私も、アラブ系の人たちの英語はどうしても、聞き取りにくいことがあり、国際会議などでは四苦八苦することがときどきあります。
 
 ネイティブの発音には慣れませんが、せめて通じる範囲で、Japanglishも、抑えたいですね^^

 



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第九
2007-12-19 Wed 23:46
毎年12月になると、第九が演奏されますね。
正しくは、交響曲第9番―合唱付ですね。静かに始まって徐々に盛り上がり、合唱で最高潮に達するのは、どことなく一年の締めくくりにあっているような気もしますが、第九が年末に歌われるようになったのには、いろいろな経緯があると聞きますね。
ふだん、クラシック音楽を聴かない人でも、なんとなくコンサートに行ったり、CDやテレビで見てしまうのがこの曲。

 Freude trinken alle Wesen
 An den Brüsten der Natur;
 Alle Guten, alle Bösen
 Folgen ihrer Rosenspur.

 Küsse gab sie uns und Reben,
 Einen Freund, geprüft im Tod;
 Wollust ward dem Wurm gegeben,
 und der Cherub steht vor Gott.

 Froh, wie seine Sonnen fliegen
 Durch des Himmels prächt'gen Plan,
 Laufet, Brüder, eure Bahn,
 Freudig, wie ein Held zum Siegen.

すべての人々が平等、鳥獣草木までも等しく考えるというような、この歌詞が安心感を思えますね。
 日本人のこころにあっているような曲想なのですね。

 作曲者はいわずと知れた、ベートーベン。小、中学校のときに、音楽室に怖い雰囲気のベートーベンの写真や肖像画がありましたね。音楽史的には、バロック、古典からロマン派へと推移していきますが、古典は後期ともロマン派前期ともいわれるベートーベン。まさしく、当時の時代の先を行く音楽家だったのですね。
私は個人的に、その後に来るワーグナー、マーラー、ショスタコビッチなど、元気のよいものが好きです―。ワーグナーの楽劇という考え方は、ムード全体を芸術と捉えるような感じで、とても好きです。時代は前後しますが、オペラなどでは、ヴェルディなどもよいですね。

 でも、凝り性のベートーベンは、写真はいろいろいなポーズをとったとか...。あれは、気取った写真なのかもしれません。




晩年、耳が聞こえなくなっていたベートーベンが現在でも聞かれる大曲を作曲するとは、天賦の才なのでしょう^^

 

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速訳
2007-12-18 Tue 23:52
通訳の訓練法の1つに速訳というのがあります。
 外国語を見ながら、日本語に訳したり、その逆を行ないます。英語では、Sight Translation といいます。見た内容を瞬時に構造解釈し、文章を文法的な要素を加味しながら、前倒しに訳出していきます。

 言うや易し...で、文の区切り方によって、後に意味がつながらなくなったり、全体の意味がつかめなくなったりします。通訳や翻訳には、一文一文ではなく、全体像をつかむことが必要なことから、これはたいへんよい訓練になります。英語を中心に使われてきましたが、最近では、この手法は応用され、中国語などでも導入されています。

 また、これとあわせて、シャドウイングという方法があり、英語を聞きながら、その同じ英語を数秒感覚で追っていく方法です。正確に発話された内容をつかむ訓練となり、速訳とあわせて行なうと、瞬時に訳出する力を養う通訳、翻訳力の基盤づくりに役立ちます。

 しかし、前提として、語彙力や表現力が求められるため、多読を基本として、ある程度実力が備わってきてから、この方法を導入しないと自己嫌悪に陥るだけですね^^

 日本社会では、英語ができる=通訳・翻訳ができる、と思われていますが、いかに通訳・翻訳というのには技術が必要かがわかりますね^^

 
 
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中国語とリズム
2007-12-17 Mon 23:19
日本語を使っていると、疑問文や感嘆文を除き、文に抑揚やリズムがあるとは、分かりにくいと思います。英語にも、リズムはありますが、中国語ではそれが特徴的となっています。

 同じ発音でも、声調というのが4種類(普通話の場合)あり、その抑揚によって意味が異なるのです。maという発音であっても、声調が一声の場合と、二声、三、四声の場合では意味が大きくことなるのです。「叱る」、「怠ける」などと意味が変わります。

 この声調というのは、ネイティブの中国人にとってもなかなか難しいものらしいです。どういう漢字にはどういう声調が付くのかは、結局覚えるしかないようです。日本の漢字のように、音読みと訓読みとありますが、これに似て非なるものです。音読みや訓読みは漢字の形を見ればなんとなく分かることもありますが、声調は分かりません。

 中国語に特有なものであり、言語に抑揚やリズムをつけない日本人にとっては、習得しにくいものです。中国語のリスニングが、日本人には難しいゆえんです^^ 
 私も習いたてのころは、すべてが同じに聞こえました。習うより慣れろ、で、いまでは、聞いていると、文脈から意味が分かりますね^^

 中国語の歌、音楽やリズムとあわせて、歌詞と共に覚えていたら、いつのまにか、という感じです。中国語にも当然、文法や表現構造があります。英語と日本語とが混ざったような独特な統語構造です。しかし、この声調だけは、理屈ではどうにもならないような気がします。

 まだまだ修行です...。





 
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“interesting” と “funny”
2007-12-16 Sun 23:44
日本のバラエティを見ていて思うことは、笑いのポイントがアメリカになってきているのかなぁ、ということです。

 たとえば、戦前(生まれていないので祖父母からの聞いた話ですが)、内容を噛みしめてから、それは「うん、それは面白い」−“興味深い”の含意−といったそうです。現代のコントのように、腹を抱えて大爆笑というのは、なかったようです。昔、イギリスに言ったとき(現代のイギリス人は変わっているかもしれませんが)、この戦前日本のような感じでした。最近、Mr. ビーンなど爆笑系が出てきてはいますが、まだまだ日本のコントなどからいうと、“大爆笑”ではなく、興味深い、という感じですね。

 このコント系の笑いは、アメリカの風土らしいです。『トムとジェリー』というアニメがありましたが、近くで笑っているアメリカ人の声が入っていましたね。

 このイギリスのような感じを“interesting”的笑い、アメリカのようなものを“funny”的笑いといえるような気がします。

 爆笑をするコントが日本で受けるのは、知らず知らず、アメリカの風土の影響を受けているのではないかと、ふと思うことがあります^^ 日本人がEnglishで思い出すのはふつう、米語ですしね...。

 集団の生活で、対人関係を潤滑にするための自己表現が重視される日本に対して、個性が強調されるアメリカでは、このような表現方法も相手の意見より自分の表現形式を大切にすることの反映かもしれませんね。
 その精神を理解せず、形式だけがアメリカナイズされつつある日本は、逆に社会情勢が不安定になりつつあるのは、憂慮すべきかもしれません。コンセプトや考え方を理解した上で、なんでも取り入れたいものですね。その点、イギリスなど伝統を重んじながら、その許される範囲内で少しずつ変化しようとする方向性は、安定社会をもたらす一つの要素かもしれません。その要素は、法制度にも反映され、イギリスを中心とする“コモンウェルス (The Commonwealth of Nations) ”、つまり英連邦の諸国にも、柔軟性より大義名分を考える特徴に現れているような気がします−イギリスを擁護するわけではありませんが。

 独自性と進取的発展...調和が難しいですね^^;




 



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借用語
2007-12-15 Sat 23:35
日本語はいろいろな外国語から単語や表現を借り入れて、独自の言語となって、現代に至っています。カタカナをうまく利用して、日本語として同化していますね。柔軟性があると言われる所以です。

しかし、これは日本語だけではなく、合理的言語の代表のように言われる英語でさえ、周辺から多言語を“借用”して、成り立っているんですよね−^^ go→wentの変化とか、weや theyの借用など。これから少しずつ考えてみたいと思います^^


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今年の一字
2007-12-14 Fri 23:21
今年も、一字が発表されましたね。

“偽”−だそうです。

 大きな筆で描いた清水寺の管長は、「日本人としてかなしい」というようなことを言っていました。確かに、いろいろな悪い面が浮き彫りになった一年でしたね。

食品偽装を含め、本当に人を欺く情報が多い一年だったと思います。

 ただ、ニュースを見ると、過去何年間同じ偽装をしていたということが多かったと思います。
時は、21世紀。物質が豊かになり、真偽に目を向けることができるほど、日本人が、社会が成熟し、こころに余裕が出てきたのではないかと思います^^

 自分の生活に余裕がない状態で、他の人のことをかまっていられはしないと思うからです。私も昔、たいへん苦しい時代がありましたから^^

 教育の問題が大きくなり、子供の学力低下が取りざたされれていますが、批判力があるということ自体、社会のレベルが成熟したといえるのではないでしょうか?

 官僚中心の政治から政治家と民間主導になる過渡期のような気がしてなりません。
権力には屈しない時代であるからこそ、真偽を確かめる批判力が生まれますし、その中で、社会が精神的に発展し、並行して個人が成長し、本当に心身ともに”成熟した”社会になると思いたいですね^^


 
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動詞のコアイメージ
2007-12-13 Thu 23:32
英語だけではなく、外国語の辞典を調べるとき、必要な単語の意味を確認して終わりという人がほとんどですよね。

私は、大学時代、「辞書は調べるな。読め・」とある教授からよく言われました。その意味が分からないまま、大学を卒業しましたが、翻訳者修行時代にその意味がようやく分かってきたような気がしました。単語を調べるとき、その項目にある例文や説明を“読む”と、その単語の中心イメージがつかめるようになるのです。また、単語の意味だけではなく、そこに付随して書かれている例文を何度も復唱して覚えると、その中心イメージを覚えたまま、例文の中での使い方も覚えることができます。

 現在では、英語学(歴史、音素論、音韻論から語彙論、統語論まで)の研究が進み、単語分類ごとに辞書が出版されています。たとえば、『英語基本動詞辞典』‐do、makeなど英語の基本的な動詞を徹底的に分類して、その中心イメージを説明しています。これをコアイメージといいますが、このコアイメージさえつかめれば、派生となる前置詞off、inなどをつけることでさまざまな応用を、辞書で調べることなく、身に着けることができます−時間はかかりますが...^^ 最近思うのは、これぞ、赤ちゃんのことばの覚え方に近いような気がします。

辞書を編集する人は、編集テーマを持って編集を行なっています―“会話に役立つ表現を中心に”“解釈力がつけるための編集を中心に”など。辞書編集には、辞書学(lexicology)という学問分野があるくらいです−統語論とか意味論など総合的な分野です。

これをきわめるのは、学者に任せて、英語を使った仕事をするには、“辞書を読む”技をブラッシュアップしたいですね^^


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ネイティブチェックとランゲージコンサルティング
2007-12-11 Tue 23:50
翻訳には、ネイティブチェックというプロセスがあります。

例えば、日本人が日本語から英語に訳した場合、その英語を、英語が母語のネイティブがチェックする作業です。

これがなかなか難しく、日本人はネイティブならだれでもよいと思っているところがあり、ネイティブにも専門分野があることに意外と気づかないのです。この点、最近よく考えさせられることがあります...。

内容が分からない人なら、むしろ、内容をよく分かった日本人が訳した英語のままのほうがよいことがあります。表現が微妙に異なるからです。

ランゲージコンサルティングというのを私のところでは行なっているのですが、これがいろいろ課題があります。翻訳のプロとしては、英語をグレードアップしたつもりでいると、クライアントによって、日本人が訳したほうが意味が比較できてよいという評価さえあります。そのほうが多いこともあります。

外国語を使ったコミュニケーションとは、どこに焦点をあわせるかでも、うまく行くかどうかの程度が変わりますね。

翻訳を提出する場合、そのリーダーを焦点にするのか、翻訳を受け取る日本人を焦点にするのかが問題です。

いろいろなアングルを理解しなければならない、本当に細心の注意が必要な業務ですね^^




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伊能忠敬−開拓者
2007-12-10 Mon 23:54
日本地図の原型を作った伊能忠敬は海岸沿いに測量を続けて、地図を完成させましたね。そのための学問をはじめたのは、55歳をすぎてからだそうです。使命感と将来を見据えたからこそではないかとつくづく思います。

最初は私財を投げうってはじめるも、途中から幕府が支援するようになったといいます。一念が国を動かしたんですね!なんでも、その道を極めようとすると、独創性に加え、開拓者的気持ちが必要ですね^^

 語学は、コツコツの積み重ねである、といわれます。すべての人がそうではないですが、少しずつでも毎日することのいかにすばらしいかがわかります。

 現代は、地図があるから、どのくらいの距離かが分かり、目標が立てられるから、どこまで進もうとかがいえますよね。しかし、伊能忠敬は、その地図を海岸線を1度ずつ測量しながら、確認しながら、進んだのですから、どんなに気の遠くなる作業だったことでしょう。江戸幕府のちょうど中間あたりの時期ですから、天文学などを学んだということですが、西欧技術などの情報も乏しく、現代と比べれば、少しの情報量から独創性を最大限に生かして、成し遂げたのでしょう。大偉業ですね。それを支援した江戸幕府も、鎖国しながらも、自国文化の発展に重要と思ったかどうかは分かりませんが、大きな決断だったと思います。


徳川家の紋

 シドニーで金メダルを取った女子マラソンの高橋尚子選手は、メダルをとったその翌日も、いつものようにジョギング練習をしたそうです−今後のオリンピックはどうなるのか−。
 大きなことを成し遂げる人は、急にその才能が花開くのではなく、目に見えない努力があるということですね^^ 


シドニーのオペラハウス(私も行ったことがあります−壮大な芸術品でした)

 ゲーム世代といわれる現代人。特に日本では、とかく楽をして、物事を済ませてしまいます。島田洋七氏の”がばいばあちゃん”ではないですが、苦しい時代を経験してこそ、花開くときが来るということを実感します。私も外国語を業とする者の端くれとしては、”塵も積もれば、山となる”です。ただ、忘れてはならないのは、将来のビジョンを持つことではないでしょうか。


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歴史探索−難波宮−ひとやすみ
2007-12-09 Sun 23:34
12月にしては少し暖かい休日だったので、歴史探索に行ってきました。

日本の首都は、古代においては、飛鳥(浄御原)京、難波京、藤原京、平城京、長岡京から平安京へと遷都されています。途中、大津京や恭仁京も併設されていますが...。この時期に、大宝律令が定められ、飛鳥浄御原令が発布され、日本の法治国家の原型ができています。そのうち、難波京は、孝徳(こうとく)天皇と天武(てんむ)天皇の2回にわたり都となっています。また、他に遷都された場合も、平安京に遷都されるまで、副都として機能していました。

 今日は、その難波(なにわ)京のあった場所−難波宮跡に行ってきました。といっても、跡地に太極殿跡が復元されている公園となっています。余談ですが、“難波”とは、“浪速”とも書き、その由来は、川の流れが速かったからなどといわれています−。



太極殿とは、天皇が臣下に対して、国の勅令を発布する場所で、現代でいうと、衆議院議場にある天皇陛下の開会宣言の椅子という感じでしょうか^^ この太極殿の模型は、難波宮跡公園のすぐ近くにある大阪歴史博物館に復元されていますので、それもみてきました。博物館の外には、当時の高床式倉庫の復元模型も展示されていました−タイムスリップした感じになります...。


復元・太極殿跡(遠方の右に見えるのは大阪城)


復元・高床式倉庫

 当時の大阪は、まだ草香江という大きな池みたいなものがあり、河川がたくさんある本当に港という感じだったようです。難波宮は、当時の諸外国の交易の玄関になっていて、日本に入ってくるものは、この難波宮で許可書をもらうようなシステムもあったとのことです。

 まさしく天下の台所なのですね。その延長で、中世になると、商人が経済の中心となり、いまでいう証券取引所のような役割を果たし、その物価の相場がこの地から全国に通達されたということです。

 難波宮の当時の政治を見ていると、太政大臣、左大臣、右大臣、少納言などあり、古典を読んでいるような感じで、本当にタイムスリップという雰囲気でした。この政治・行政システムを見て、思ったことは、“大蔵大臣”という役職がこの当時にすでに存在していた!ことです。それが消えたのは、2000年の行財政改革時に“財務大臣”になったときです。日本の天皇制は、一家系(大王の時代からいろいろな変遷があり、完全に一家系ではないですが)1400年以上の歴史をもち、これも世界では例がないそうです。それとあわせて、考えると、実は伝統を重んじる国であることが分かります。

 こんな原点を見ると、日本の文化のよさが改めて分かりますね。次回、その宮内にあった、そして聖徳太子(厩戸王‐今後は教科書でもこのように改められる案があるそうです)が建立したとされる四天王寺に行ってみたいと思います^^


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学術名いろいろ…
2007-12-08 Sat 23:57
今使われている学術名のほとんどはアリストテレスなどギリシャの賢者が考えたものらしい...です。

母校のニュースレターを見ていて、そんなことをふと考えてしまいました。古代ギリシャには、ソクラテス、プラトン、アリストテレスをはじめ、多数賢哲が輩出されています。当時、学問の分野分類はそんなにしっかり確立されておらず、当時の学者は幅広く実地(フィールドワーク)含めて研究をしていました。

ふと考えれば、時代は進み、レオナルド・ダ・ヴィンチは、美術だけではなく、解剖学(医学)、哲学から飛行原理(流体工学)、建築学と実に、多分野にわたって、その才能を発揮しています−。そもそも、”学問”自体が一つの仕事で、細分化はされていなかったのでしょう。時代背景や人口希薄というのも起因しているとは思いますが...。

人体図

最後の晩餐

こんな話題を出した理由は、昨今、”哲学”という学問が若年層の支持を得なくなってきているという、ある記事を読んだからです。その記事では、哲学的な考え方を若いとき、大学のときなどに勉強しても、その流れや歴史、要点は覚えていても、本当にその真髄を肌にしみて理解できるのは、40代後半から50代を過ぎたあたり−人生もいろいろな経験を積み、人間関係もそれなりに経験してきてからだ、といいます。 

 本来、哲学とはPhilisophy の日本語訳で、”希賢学”と訳され、賢と哲とは同義であるため、響きから、”希哲学”になり、哲学になったという経緯があります。賢哲の知恵を学ぶ学問ということですね。

 サルトルやハイデッガーなど実存性に真理と求めた学者もいました。以前、宇宙飛行士が宇宙に出ると人生観が180度変わるようなことを書きましたが、”卵が先か、鶏が先か”という議論になり、ものの本質などは人間にはつかみえるものではないと思います。宇宙はビッグバンからはじまったと聞いたとき、じゃ、その前は何があったか?という疑問が沸きますよね。その回答が自然との調和であり、すべて人間が理解しようというのが間違っているのではないかということです。

 もう少し謙虚に、宇宙での、人間の相対的位置付けを認識し、自然との共存をしていくことを考えたほうがよいですよね。オゾン層破壊が問題になっていますが、人間の自己本位な活動の結果、結局、人間自体が被害を蒙っているのですから...^^

 世界平和が叫ばれはじめて久しいですが、異なる価値を認めあって、共存しいくことが、逆に、自己を認めさせるための近道かもしれまえん。

 結局、哲学的に語ってしまいました^^



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法律文の英語は難解?
2007-12-07 Fri 23:19
法律文は、弁護士や検事が使うものだけではなく、企業間の貿易や取引合意書、契約書にも使われています。使用頻度や範囲が多い割りに、形式や決まり表現が多く、英語を学習する人には馴染めないようです。

shall (〜することとする)やmay(〜ことができる)などをはじめ、in consideration of、 but limited toなど決まった言い方があります。これだけなら、他のテクニカル翻訳にも決まり表現あるので、覚えればよいということになりますが、法律文は、特許ほどではあありませんが、文章の構造が複雑です。あらゆる可能性を表現するため、関係節、句構造が目白押しで、初級翻訳者を悩ませているようです。

たとえば、契約書では、取引者(当事者という)の間で、何に合意しようとしているかの流れが分かれば、そんなに複雑なものではないのですが。昨今、「ビジネス法務実務検定」など、国家間の取引が増えるにつれ、企業法務に関する検定が増えていています。翻訳者は大袈裟にいえば、国際取引の最前線にいるわけですから、そのような知識も必要かもしれませんね。

このような知識を豊かにしていことで、法律文の複雑で難解な構造も、理解しやすくなるのではないかと思います^^


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千の風‐ことばとメロディライン
2007-12-06 Thu 23:46
昨年末から『千の風になって』が大ブームになっています。もともとイギリスで作詞されたものらしいです。歌詞のオリジナルはそのため、英語になっています。ただ、いろいろなバージョンがあるようです。

 この英語の詞を日本語に翻訳ならぬ、翻案して、日本語で歌いやすいようにアレンジされ、シンガーソングライター・新井満氏が作詞、作曲した曲です。

 泣けない人はあまりいないのではないでしょうか? メロディーがこころに訴え、歌詞がまた、こころを揺さぶりますね。世界各国で、戦死した友人や家族に向けて、読み上げられてきたようです。アメリカの9・11事件のときにも読み上げられたようです。翌々年か、機会があり、私も現地−グランドゼロ−に行ってきました。整備され、祈っておられる現地の方がおられました。それに曲をつけたのが、日本で今ブレイク中の『千の風になって』なのです。私も聞きましたが、いろいろ過去の辛いことなどが思い起こされ、感傷的になりますね^^

 今、世界各国で読み上げられた詩といいましたが、文学は国境を越えて、同じメッセージをこころに伝えるのですね。昨今、北野武監督の活躍で日本の映画も脚光を浴びていますが、ヨーロッパで興隆した文学、シェークスピアなど、見ると、国境を越えて何かを感じる人は多いですね。イギリスの詩人ジョン・キーツの詩などよいですね−。中世の社会性を風刺したナサニエル・ホーソーンの『緋文字』などは、当時のヨーロッパを知ることができる作品です。

 個人的な趣味が並びましたが、ことばは、本来気持ちを伝えるものでしょうが、日本のように高コンテキスト文化圏では、ことば以外に気持ちを伝えるムードがあります。このような例外は除き、ことば自体にはないのですが、ことばが連なることで、何か独自のイメージをかもし出し、人を感動させるのでしょう−まさしく千の風になって、人から人へ気持ちが飛んでいくのです。
 
ことばのマジックであり、神秘ですね。それを普遍文法などと科学的に分析しようとする学者もいますが、このような面もあわせて、研究が必要かもしれませんね^^


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特許翻訳の総合力
2007-12-05 Wed 23:53
技術翻訳(テクニカル翻訳)の一つの分野に“特許翻訳”があります。

企業や個人が、自社の商品や発明に関して、特許庁に特許出願する手続きに関する書類を翻訳するのが主な業務です。

特許とは、これまでにはない商品やシステムに関して発明、作成者の権利を保護するものですが、その内容は非常に技術的で、翻訳には特殊な技能が必要になります。

医療翻訳とあわせて、不景気でも影響を受けにくい業界なのですが、技術翻訳をされている翻訳者でも、本当に対応できる方は希少です―お読みになった方は分かると思いますが、その英文は非常に難解です。一文と思いきや、長い修飾節・句を持つ名詞やフレーズである場合があります。「請求項目」といって、特許出願背景などを記載するのですが、英日でも日英でも、関係節、分詞構造など複雑な統語構造が使われ、英語の解釈力、日本語の表現力が高度になっている上に、その分野の専門知識が必要になります。

 そのため、需要が多い割りに、対応できる方が少ないのが現状です。これぞテクニカル翻訳という感じです! 今後、ますます日本企業も海外に向けて、その技術を誇示していく時代になるでしょう。アメリカの大統領はよく、the same playing field ということばを使って、貿易相手国を捉えています。日本語でいえば、“同じ土俵に立って”ということでしょうか。

 日本は、経済大国といわれるのはよく知られていますが、トヨタ、ホンダ、ソニー、キャノンなど、高度な電子技術をはじめ、世界をリードしている技術立国といわれてきました。

 英語教育を小学校5年から導入という話題が出ている、その中で、特許での自国、自社保護は競争力を安定させるためにはますます必要でしょう。

 特許翻訳以外にも、ソフトウェアやハードウェアでも、高度な語学力が求められています。翻訳に求められる技能は今後、大きく方向転換されるかもしれませんね^^


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イルミネーション…現代のコミュニケーション!
2007-12-04 Tue 23:32
師走になり、クリスマスツリーが街のあちこちに輝いて、先急ぐ人の足を停めています。キリスト教とか関係なく、美しいですね。

 芸術の本来の役割は人を魂から感動させ、安らぎを与えることなのではないかと思います。
クリスマスとは、本来、キリストの生誕を祝う祝祭ですね。欧米では、1月6日までを降誕節として、祝うようです。日本では、正月を含め、年末年始の過ごし方のほうがもりあがりますね。一神教と自然を崇拝する多神教文化との違いかもしれません。神道の興隆につながった日本では、自然との調和が神そのものであり、生活そのものでしたし、科学が進歩した今でも、それは変わっていません―正月は、盛大に祝った一昔前とはだいぶん変わってきていますが。

 イルミネーションで思い出すのが、芸術と宗教との関連性です。日本に仏教が伝わったとき、仏像や絵画など仏教美術も同時に伝わり、日本の自然との調和とうまく融合し、独特の美術が発展しました。仏像からその周辺の風景画、庶民レベルの審美的なものへと変遷していっているかに見えます。

 室町、安土桃山時代など、鞍作止利など仏像を作る芸術家が出ていますね―仏師といいます。桃山時代では、狩野永徳など狩野派の襖絵や後に琳派として尾形光琳などへと連綿と続くことになる芸術の先駆者・俵屋宗達など自然を基調とする芸術が花開き、貴族から町民へとテーマが広まり、幻の東洲斎写楽の大首絵などへと、芸術の焦点が限られた富裕層から一般庶民にまで広まってきました。

東洲斎写楽

狩野派

 生活にゆとりがでると、人は、美を求めるのでしょうか? それが人の本能なのでしょうか?‐定かではありませんが、必然的に美を求めるのでしょう。近年、京都を訪れる外国の方々が増えています。規模の芸術である西洋に対して、小さいものに美的ものを集約している日本美はどことなく気を引くものがあるのでしょう―。

 イルミネーションは、キリスト教の祝祭をベースとして、ツリーに飾り付けたものが当然起源ですが、その本来の意味を離れ、“美”が一人歩きし、行きかう人を魅了しているのは、社会の文明が高揚し、そこに住む人々の求める審美眼も総合平均化して向上したのでしょう。



 美は、視的感覚に訴えて、こころを揺り動かします。これも、コミュニケーションの一種ですね。ことばだけではないコミュニケーション。ことばだけで伝えるよりも、昨今発展したDTPなどを駆使して、グラフィックスで装飾して伝えると、説明を多くすることなく伝わることがあります。現代は、出版手法を含め、すべてが美術を内包して、社会が進んでいっているような気がします。


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ランゲージコンサルタント−その2
2007-12-03 Mon 23:47
英語にはいろいろな形があります。最近では、国際語として定着していますが、イギリス、アメリカをはじめ、各国、地域によって表現方法や解釈が違います。
アジアにもその独自のものがあります。

通常、英語に翻訳する場合、日本ではアメリカ英語にすることが大半です。しかし、これ以外に、イギリス英語で、シンガポール人に分かりやすいように、などとクライアントからいろいろなリクエストがきます。

ランゲージコンサルタントは、ただ英語に翻訳するのではなく、このような文化や社会、言語使用背景を考え、クライアントが求める英語にアレンジすることをメインとしています。もっとアップグレードしてほしい、というリクエストもあります。

翻訳の後で、ネイティブがプルーフリーディングすることがほとんどですが、そのプルーフリーダー自身が翻訳者であることで、私のところでは、ランゲージコンサルタントが可能になっています。

翻訳はコミュニケーションですね^^ 双方の事情、文化、社会性、民族性、国の様子などが分からなければ、本当に内容を伝えたことにならないですから…。

留学しても、同国人とばかり集まり、英語が話せずに帰国する日本の方がおられます。「Do in Rome as Romans do」ではありませんが、たとえば、イギリスに行ったら、日本人とはまったく会わず、現地の人々との交流を大切にして、その考え方やことば使いを学ぶことがよりよいコミュニケーションの基盤づくりになるのではないかと思います−。


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師走…
2007-12-01 Sat 22:18
時の過ぎるのは早いもので、気付くと、もう師走ですね−。なぜか、仕事が集中したり、慌ただしくなりますね。何か波動的にそんな潜在意識が人々を操っているのでしかね^^


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