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2007-10-31 Wed 05:15
The Work of Nations −何を思い起こすでしょうか? 戦争? 外交?
The Work of Nations は訳すとすれば、「国家のなしうること」とでもいいましょうか。実は、これは、結構昔に出された本なのですが、著者は確かアメリカ人で、時の総理大臣−故・宮沢喜一氏がほめていました。 なぜ、こんな古い本を引用するかというと、最近、日本が世界の舞台にいよいよ幅をきかせはじめたような気がしてならないからです。英会話学校Nのことがニュースになっていますが、英会話学校Nは今や、日本で何百という教室を構えるのみならず、海外にも進出しています。 しかし、最近のニュースで分かってきたことは、“規模”こそ世界大になっていても、経営は“日本的”経営、いやそれ以上にワンマンといわれる状況でした。 1970年代、80年代、「日本的経営」といい、“終身雇用制”や“年功序列”などが取り上げられ、その変革とその殻からの脱却が叫ばれた時代がありました。現在では、欧米資本がかなり日本市場にも進出し、また、MBA(経営学修士)など経営に対する見方もかなり変化してきていますが、大半は、年功序列が色濃く残る日本的経営になっています。日本的経営にも優れたところはあります−雇用の安定、伝統の継承。生産部門でのジャストインタイムシステム(カンバン方式)などは逆に世界で取り入れられています。 ただ、日本的経営といっても、経営を司る役員会は会社の意思決定をするところでもあるのですが、その意思決定システムが社会のシステム変化に追いついていけていないのか、最近、やたらと不祥事が発覚し、頭を下げている経営トップの映像をよく目にします。 欧米では、株主と役員会(取締役)とは完全に一線を引き、株主への配当を重視しますが、日本では、両者が同じ場合が依然多く、仲間意識、伝統社会のよい面でもあり、癒着が起こりやすい悪い面でもあります。 経営トップの動きが不鮮明であるため、従業員は倒産しかけてはじめて、会社の状況を知るケースがほとんどです。 英会話学校Nも、役員会といっても、ほとんど社長がワンマンで仕切っていたということが明らかになり、規模が世界大になった日本企業が、規模だけグローバルで、頭である経営側はジャパニーズ・ソサエティだったということですね−私は、評論家ではありませんから、詳細は議論するつもりはありませんが^^; ![]() 日本は、武家社会以降、精神面が強くなっていた−そこへ終戦により欧米文化が入り、うまく融合していたのですが、急激なグローバル化ならぬ、“欧米化”により、システム内容面とシステム運用面が混合され、よい面さえも、悪いと思ってしまうジレンマに陥ってしまったのではないでしょうか? “ハリネズミのジレンマ”という表現があるのですが、互いを抱き合うほど逆に傷つけてしまう、そのため、適度な距離を置くようにする、というものです。 江戸時代は、幕藩体制という幕府(=今でいう政府)と藩という地方自治体がうまく融合していたのかもしれません。藩は各自で経済を運営させていたほどです−幕府から圧力は相当なもので、無言の管理(無言の力学?^^;)はあったようですが。出島を通じた交易も小さいながらうまく機能し、外国文化と日本文化の”抑制と均衡”が衡れていたのかもしれません。だから、260年もの長い間、安定し、国内の文化が繁栄したのでしょう。いわゆる町民文化、浮世絵や浄瑠璃なども、この時代ですよね。 すべてを欧米化するのではなく、日本のよいところを生かしつつ、欧米流の経営を運用していくことで、日本独自の企業文化ができ、それを世界大にしたときに、本当に日本が尊敬されるようになると、思えてなりません。 ニュースでインタビューされたN学校の外国人講師が「私は日本が好きだ」と答えていました。外から見たほうが、文化、社会性など、日本のよさがよく見えるのでしょう。その気持ちをありがたく受け止め、大切にしたいものですね。その学校に職員として就職するために、他国から来る人さえいるとのことです。 The Work of Nations ではありませんが、真の日本のよさを世界に発信したいですね。『国家の品格』(対訳版も出版されています)という本もたいへんよく売れています−世界にアピールする日本らしさを国民一人ひとりが見直し、世界の諸外国に向けて、コミュニケーションをとっていく時期かもしれませんね。 同じ語学を職業とするものとして、日本の文化を、日本人の労働倫理をもう一度確認していきたいものですね。 |
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2007-10-29 Mon 16:59
昨夜、FC2のサーバで障害があったようです。
その影響で、昨夜は更新、編集途中だったブログ内容が写ってしまった時間帯があるようです。 お見苦しい箇所がありましたら、お詫びいたします(--)。 |
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2007-10-29 Mon 01:02
仕事がちょっと一休みの今日・日曜日は、大山崎に歴史探索に行ってきました^^
合戦図 ここを抜けると加賀邸大山崎は、秀吉の縁の地ー。山崎の合戦は有名ですね。 大山崎は、大阪府と京都府の府境にある天王山を中心に、羽柴(後に豊臣)秀吉らが合戦を繰り広げた地です。その南の麓に小さな美術館があります。 この先、美術館 美術館入口 美術館庭園 美術館ーゲートから−「大山崎山荘美術館(上の写真)」−元は関西の実業家・加賀氏が別荘として自らが設計、建築したものですが、当時の時代背景ともいえるのか、イギリスのチューダー王朝の建築様式に倣い、建てられたものです。 現在は、アサヒビール社の所有となっています。 『睡蓮』の池陶芸品が中心ですが、別館として、モネの『睡蓮』画が展示され、東洋と西洋の融合を感じます。別館の建築設計は、世界的に名高い日本の建築家・安藤忠雄氏。 モネの『睡蓮』画を見た後に、庭園に出て、睡蓮の池を眺めると、時を忘れ、自然と同化できるように感じました^^ 秋の訪れが遅い大阪でも、さすがに山の中は“秋の気配”がありますね^^ ご興味のある方は、ぜひお立ち寄りください。 http://www.asahibeer-oyamazaki.com |
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2007-10-27 Sat 23:58
『日本語と英語』−以前、そんなタイトルの本を読んだことがあります。英語が難しい言語と考えている日本人がいまだに多く、英語への苦手意識が拭い去れないようです^^;
日本には、英会話学校−最近、ある大手学校がニュースになっていますね−が多数ありますが、“英会話”という学習分野は他国にはあまり見られません−単なる“英語”です。英会話を専攻しているというと、苦笑いする欧米人さえいます。日本では、それだけ、意識しているということですかね。 世界には3,000以上の言語があることは、前に少し触れましたが、その中で、日本語がいちばん難しい言語、対して、英語はもっとも分かりやすい言語といわれることさえあります。その分かりやすい言語が難しいと考える日本人の原因はどこになるかと考えることがあります。 民族性や文化性に関連するのではないかと、最近考えます。周りを海に囲まれた日本は、太古の昔より、貿易や多文化を取り入れようと、交易をした以外は、独自の社会を形成し、文化性を培ってきました。ことばは文化の反映物であるとする文化人類学の考え方がありますが、独自性が心理にも働き、多言語をどことなく排斥しているのではないでしょうか? 同時通訳などをする場合、常に感じることは、日本語と英語とのあまりの違いさです。同時通訳についていえば、同じ大陸にありながら、他民族、多言語であり、しかもEUという政治的、経済的連合を形成している関係上、ヨーロッパでは頻繁に行なわれています。言語特性上、ヨーロッパは大陸性が強く、インド・ヨーロッパ語族から、ゲルマン系、ロマンス系と大きくは分かれますが、幹となる構造には共通性が見られます。つまり、いずれも語順がある程度物を言う屈折言語です。各単語が格変化という変化により、他の単語と結びつき、意味をなします。I、my、meなどと覚えた記憶があると思いますが、主格、所有格、目的格とそれぞれ、意味特性が異なり、単語同士の結びつきが固定されています。一方日本語は、膠着言語というグループに含まれ、一つの単語と別の単語を組み合わせることで、さまざまなニュアンスを生み出すことができるのが特徴です。語順ではなく、組み合わせなのです。ですから、「私は、明日会社に行く。」「明日、私は会社に行く」、「会社に、私は明日行く」としても、大きく意味は異なることはありません。 このような特性から、特に日本語を英語に翻訳または通訳する場合、組み合わせ特性を語順特性に変換する作業を自然と頭で行なうことになります。同時通訳の場合は、日本語は最後まで聞かないと、英語にはしにくいのはそのためです−実務経験により、いろいろなテクニックは身につきますが…。例えば、「私は、この会議を通じて、日本が果たすべき役割が非常に重要であると、主張したいと思うのであります。」というスピーチをする日本の方が多数いますが、「思う」のか、「思わない」のか、後半を聞かないと見極めは難しいですね。一方、英語では、一般的に冒頭から、I thinkとなりますね。 ことばを学ぶとき、その背後にある社会、文化、歴史を学ぶことが同時に必要であり、言語構造という表面だけをどんなに研究しても、永遠に正確には理解できないでしょう…。数理言語学者N.チョムスキーが1970年代に“変形生成文法理論”ー詳しく書くと、ブログどころではまとめ切れません(認知科学をベースにした壮大な言語解釈です)^^;−を発表し、表層構造と深層構造とに分析して、英語を考えました。多言語に共通する規則を普遍文法と捉え、句構造規則、変形規則など、独自のルールを展開しました。 [例] 辞書 | 句構造規則 意味表示 ←→ 深層構造 | 変形規則 音声表示 ←→ 表層構造 A girl liked a boy. = [CP Comp0 [IP[DP[D a ][NP girl]][I' Infl0 [VP[V liked ][DP[D a ][NP boy ]]]]]] 数学みたいですね。英語を勉強する人は数学−技術翻訳が専門でもありますし、私は大好きですが−が苦手な方が多いので、頭が痛くなるという方もあられるでしょう^^〜なんといっても、“数理”言語学ですから−。 これは機械翻訳に大いに役に立っています。Tradosなど翻訳支援ツールの開発において、基本プログラムにも何かの形で応用されているでしょう。が、依然、自然言語−人間が自然に発することば−をうまく解釈して、表現できないのは、その辺の壁があるのではないでしょうか? 今後研究が進む中で、状況は変わるかもしれませんが。 N.チョムスキー博士−私の京都での学生時代、京都にも来られていました少し専門的な話になりましたが、今後の課題として、考えたいですね。 |
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2007-10-26 Fri 23:26
前に、Tradosを使う頻度が最近増えていることについて触れました。
Tradosを含めた翻訳支援ツールがもてはやされる理由としては、昨今増えてきたウェブページ翻訳やDTPの必要性とも関連していると思われます。 Trados を使って、翻訳を行なう場合、例えば、ウェブページを翻訳するために、あわせてTagEditorを使ったり、クライントのニーズに適合するため、用語を管理する MultiTermを使い、翻訳作業を行なっていきます。TagEditorを使えば、HTMLをタグと翻訳する文字の部分に自動振り分けし、翻訳部分だけを翻訳者が取り扱うことになります。翻訳者が翻訳した文書をエディタやウェブデザイナーに渡し、ウェブページの構成を整えるのですが、ここで初心者にとって注意すべきことが、今上げた“タグ”です。 ホームページを作成したことがある人なら、少しは知っているHTMLですが、< >内に記入されたものb br body とかです。これは簡単な例ですが、TagEditorでは、それ以外にかなり複雑なタグが入り、翻訳の際に知らずに、または設定を間違え、必要なタグを削除してしまうと、翻訳が完了して、ウェブデザインの段階になったときに、混乱が起こるのです。 翻訳したテキストをファックスや郵送で提出していた、いわゆるアナログの時代とは異なり、今や、パソコンの普及に伴う、メールやインターネットの一般化により、メールやFTPによる翻訳の提出がごく普通になっています。 当然、パソコンに関する基本的な運用知識は求められますが、Tradosのように、高度なHTML操作の知識が必要になってきます。 これが、初心者がTradosを難しいと思う一つだと思います。 しかし、多量な文書、例えば、厚い冊子を翻訳し、編集したり、または多量のホームページを翻訳する場合や専門用語やJargonが多数ある業界のテキストの翻訳、さらにはDTPの普及による迅速なテキスト編集の必要性が市場で強く求められている今、その運用知識を身につけることは、特に技術翻訳者の必須科目になりつつあるように思われます。 私のところでは、Tradosを使ったものとそうではないものとの比率が70:30くらいになっています。 翻訳支援ツールについては、Trados以外にも多数開発され、それぞれに長所短所があり、議論が尽きないところです^^; またの機会にお話することにします―。 |
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2007-10-25 Thu 16:56
会議をしていて気づくことがあります。例えば、会議のテーマと時間を設定すると、最初バラバラな意見、横道に逸れまくっている意見が乱立していも、終了時間が近づくと、自ずと一人ひとりがまとめようとする意見を出すようになり、意見のベクトルが一点に向かって方向付けられます。こういう動きを“無言の力学”のいうことがあります。
力学といえば、流体力学、ニュートン力学など物理、工学分野で用いられる専門用語でした。しかし近年では、人間関係やそのムードを表現する場でも用いられるようになっています。 これは、コミュニケーションの手段である通訳や翻訳でも、大いに考えなくてはならないことだと、私は思います。昨今、“場の空気を読めない=KY”ということがば使われていますが、人と人との関係は、ことばだけでは構築できないのです…このことは、1970年代から非言語コミュニケーションとか、異文化コミュニケーションとかの研究分野でも取り上げられていますが、人間のコミュニケーションにおいて、言語の占める割合は、10%程度だそうです。他は、ジェスチャーや顔の表情、あるいは大勢が集まる場では、その場の空気や雰囲気がコミュニケーションの方向ベクトルを形成するのです。いわゆる、場の力学ですね。 目には見えない“力”が物を言うのですね。現代社会では、科学万能主義などといわれて久しいですが(昨今、精神科学が受け入れられるようになり、だいぶん変化してきていますが)、人間の社会やコミュニティをつかさどっているのは、意外にも、このような目に見えないものが人間とその社会を動かしているのですね。権力や風を考えると、もっと分かりやすいかもしれません。目には見えないが凄まじい“力”を持つ風−建物を倒すことさえある、権力者には無言でしたがってしまうという、目には見えないが強大な“力”。同じように、コミュニケーションにおいても、力の力学を捉えられるのではないでしょうか? よく通訳者や翻訳者になりたての人が、語学力だけに頼り、表現しようとして、大失敗することがあります。その現場、その文章全体に流れる場の力学がつかめずにそういうことになるのです。 例えば、狭い部屋に大勢がいて、Would you open the windows right now? と、誰かが言ったとすると、それは、「暑いことのシグナル」であることがあります−これを研究する語用論という学問分野があるくらいです。ことばは人間が使う以上、やはり場というものがあり、そこを読めることが優れた通訳・翻訳へとつながることが少なくありません。 ![]() ブラックやピカソで有名なキュビズムやブルトンが宣言してはじまったとされる美術の潮流であるシュルレアリスムでは、目には見えない、心の部分や影の部分も表現に出してあのような一見、奇異な芸術作品になるようです−そのことでしかできない表現内容もあるのですね^^ そこまでくれば、力学といっても、意味は微妙になりますが、コミュニケーションを言語と非言語との調和と捉え、実務を通じて、力学を理解していくことが、クライアント・フレンドリーにも通じる翻訳の仕事となるのではないかと、最近、思います^^ |
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2007-10-23 Tue 21:24
どのような会社や団体であっても、仕事を受注する側と発注する側があります。最近、お菓子メーカー等で、利益追求に傾きすぎた経営により、単価を下げることばかりに気をとられている状況を目にします。これは、生産者ベースの経営というのでしょうか…。
私事ですが、“フランス料理”と“ヴァイキング式料理”が嫌いです−生産者ベースを強く感じるからです。ということで、よく変わり者といわれます^^; 話は戻りますが、生産者ベースについては、商品やサービスを提供する場合、作った商品のよさばかりを主張したり、サービスの優秀さばかりを主張したりしても、逆効果の場合があります。 最近、消費者動向や消費者・利用者の心理をうまく汲もうとする商品・サービスの提供方法が出てきていますが、私はこれを“クライアント・フレンドリー”な姿勢と呼んでいます^^ 翻訳会社についていえることは、翻訳者は熟練するほど、“職人”のようになってくる傾向があるようです。クライアントである企業が、どんなに自社の商品・サービスにあった表現を使うように要求しても、「それでは、文章構造が崩れてしまう」とか、「そんな表現はふつうしない」とか、翻訳面ばかりを頑固に言い張る翻訳者がいます。もちろん全員ではありませんが、特に、熟練といわれる翻訳者にその傾向があるようです。企業としては、自社の商品やサービスに備わる、または表現したい“コンセプト”というものがあり、それを専門家の立場からサポートするのが、今後、翻訳者に求められる姿勢−クライアント・フレンドリー−といえると考えています。 どんな優れた文章、卓越した表現の翻訳をしても、クライアントである企業が満足できなかったら、また、その翻訳によって、商品やサービスの売れ行きが伸びなかったら、そのような翻訳者はどのように責任をとるのでしょうか^^;? 熟練者はそれでも自分の仕事はしたからと、絶対に訂正に応じない方さえいます。その姿勢を決して非難するのではないのですが、コミュニケーションと絡めて考えると、商品やサービスをうまくアピールできないのも、“顧客と企業とのコミュニケーション・ギャップ”といえるでしょう。 その意味で、私たちは、クライアントである企業側に、当然、翻訳の特性や業務を説明し、理解していただいた上で、できる範囲で企業側の意見を反映させる“翻訳”を心がけています。これも、目にはみえない小さなことですが、Win-Win 関係の一例ですし、その関係の具現があってこそ、翻訳の意味が活性化されるのだと信じています。このため、私のところでは、翻訳のみならず、校正(エディット、プルーフリーディング)のみの受注も積極的に行なっています−。 昨今は、ウェブページによる商品・サービスの説明が必須条件のようになっています。翻訳者は、その言語の専門家としてクライアントをフルサポートしていきたいものですね^^ 私のところでは、その専門的アプローチをランゲージ・コンサルタントと捉えていますが、ランゲージ・コンサルタントについては、またの機会にお話しようと思います。 本日、気になったことから派生して、少し難しいですが、経営関係についてお話しました^^;ー |
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2007-10-21 Sun 22:24
翻訳をするには、数ページくらいの仕事以外は、Tradosという翻訳支援ツールを使う機会が増えてきています。覚えてしまえば、これほど使い勝手のよいものはないのですが、新人には辛いようです^^ スタッフや新しいフリーランスの方から受ける質問から、苦労している様子が伺われます。
近年、翻訳を発注する各クライアントも、単価を下げても、高品質を得ようと考え、翻訳会社もいろいろな相談を受けます。その一端として、Tradosを導入する企業が増えている現状です−フリーランスでさえその傾向にあります。私の会社も、Tradosを含め、安定品質を維持しながら、すべての経済効果を少しでも生む工夫を怠ることはありません。 Tradosは翻訳支援するツールですが、それ以外にも、同種のツールが多数あります。翻訳者にとってTradosとはどういう意味を持つのか、どう対応すべきかなど課題もありますが、次回の論考にします^^ 本日、仕事を終えて、ふとよぎったテーマでした◎_◎ |
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2007-10-20 Sat 11:17
すっかり秋めいて来ました―。今年から気象用語が変わったそうで、そこでこの夏使われるようになったのが、“猛暑日”=最高気温が35℃以上の日のことです。関東方面では40.9℃という記録もありましたが、凄まじい猛暑でした。
私の住む大阪は、いわゆるヒートアイランド現象で、特に市内は夜も気温が下がらない日々が続き、7月終わりから9月いっぱいくらいまで熱帯夜でした。日中は37、38℃もざらにあり、クーラー全開にしても過ごしずらい日々でしたが、やっと、というか急に冷え始め、布団が恋しい季節になりつつあります^^;―そう、やっと大好きな音楽を“楽しめ”る時期がやってきました。 今朝は、仕事前の午前に、E.エルガーの『ゲロンティウスの夢』(下のジャケット写真参照)をDVDで見聞きしながら、気分が落ち着き、仕事の戦場へ出発です! [クリックで拡大] エルガーはあまり日本では知られてはいませんが、欧米では一般的によく知られているイギリスの作曲家です―テレビCMとかでよく流れる“希望と栄光の国”と言ったら、分かる人も少しはいるでしょうか…。『ゲロンティウスの夢』は、すごくメロディーラインとハーモニーがきれいな曲です。「肉体を離れた一人の人間の魂が、いろいろな経過の後、天上界の神の前にたどり着く」というストーリーを持つ曲です。こんな内容を紹介すると、日本ではすぐに宗教っぽいといって嫌忌されるのですが、欧米ではモーツァルト他、大作曲家はだいたい『レクイエム』などその手の音楽を作曲し、庶民に広く受け入れられています。音楽は教会音楽からはじまったともいえるほど、音楽と教会との歴史やつながりは強いものです。 逆に、八百万の神々などと何を信じているのか分からない、と、日本人の姿勢を疑問視する欧米人も多数いるほどです。女王・卑弥呼も神権政治に近いことをしていますし、それが昔からの自然と共存する日本独自の文化なのですけどね。 心が常に神=自然と一体となって、自然に感謝と尊敬の念をもって生活してこそ、自分の人生の目標に向かってしっかり歩んでいけると私は思います。その自然との共生がこころの羅針盤となり、生活にも梁が出てきますよね^^ この世は物質や科学だけでできているわけではないので、最近、江原啓之さんなどのスピリチュアルと名の付くものが流行っていますが、精神を落ち着かせてこそ、よい仕事ができると最近よく思います…。“健全な肉体には健全な精神が宿る”と。 教師みたいな説教になってしまいました^^; が、私には、ロマン派以降の音楽―楽聖といわれるベートーベンや、ブラームスの田舎の風景を思い起こさせる音楽が好きです。でも、ヴェルディやロッシーニなど元気を与えてくれるような快活なリズムも好きです―もちろん、ポップスも。 うつ病とかが増えてきている現代日本、自分で精神バランスを保つこと―芸術、スポーツ、グルメ(笑)―を見出したものがちですね^^ 〜秋も深まっていくことですし―どんな秋にしますか? 私は芸術の秋ですね。 |
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2007-10-19 Fri 16:16
翻訳といっても、世間一般では、その具体的な事情はあまり知られていませんね。クライアントとお話をするたびに、最近よく思います^^; おそらく世間でいう“翻訳”というのは、“翻訳家”という意味で解釈されているものでしょう。『ハリーポッター』とかが空前のブームになりましたが、あのような小説っぽい文書を翻訳する人を“翻訳家”といいます。この翻訳家には、語学力が必要なのは当然ですが、実はその本人が小説家になるくらいの発想力、想像力、創造力、文章力が必要ともいわれます。これは、それなりの才能が必要で、なれる人は限られてきますね◎_◎
でも、SOHOとかで、「翻訳」という広報を出している人は、実はその多くは技術翻訳をする人で、“翻訳者”というのです。いろいろな分野があり、工学、機械、エレクトロニクスやインターネット、ネットワーキング、IT通信、コンピュータソフトウェア、ハードウェアなどなど。仕事内容としては、取扱説明書や指示書の翻訳などになり、もっと広義では、産業翻訳ともいわれます。小説などの翻訳ほどに創造力などは必要ないと思いますが、やはり特定業界の事情をよく知り、その業界に適した表現ができる“表現力”が求められます。私は、翻訳は、art of expressing だと思っています。 前に少し書いたように、日本語の助詞(て・に・を・は)が違うだけでも意味がかなり変わりますし、同じ単語を使っても、分野、業界が異なれば、意味が違ってきます。install=機械関係では「据え付ける」などという日本語になりますが、コンピュータソフトウェアでは「インストールする」などとなります。業界事情を知るとともに、論理展開をよく知って、独自の表現、しかも顧客に分かりやすい翻訳文にしなければなりません。 その辺が、各翻訳者の腕の見せ所ですね^^ 世間全般がその辺の事情を分かってほしいとは思いませんが、せめて翻訳をしようとする企業は、自社PRをより正しく、的確にするために、その理解がほしいところですね^^ 当然、翻訳する人も、翻訳する企業やその業界事情を理解した上で、請け負います。お互い気持ちのよい仕事関係を結びたいので、ちょっとの気遣いをしていきたいものですね―。 翻訳=英語やその他外国語ができるだけはない、だから、翻訳のプロがいるんですしね^^ 狭い上に特殊な業界におかれているだけに、理解者がほしいと願いながら、つい、愚痴みたいな話になってしまいました…。 |
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2007-10-18 Thu 02:26
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2007-10-18 Thu 01:06
![]() 懐かしの[エンタープライズ号] 昔、家に黒電話がありました…。今や懐かしいですね。 友人からの連絡もすべて家にかかってきて、その一台の電話で家族すべてが対応していました。 テレビで『スタートレック』(アメリカ製作?)という番組があり、転送室とか、ワープとか、携帯用のかっこいい掌サイズの電話がでていましたね。 ![]() Mr. スポックとかいう耳の尖った登場人物がいましたね^^ もう25年以上も前のことですが、それが今現実のものとなるとは、誰が想像したでしょう!? 日本が中心ですが、それが携帯電話と呼称されるようになり、その携帯電話でメールのみではなく、インターネットもできる、音楽が聴ける、写真も撮れる―新しい西洋文化を積極的に取り入れようとした坂本竜馬もさすがに驚くことでしょう! 時代が全体資質の高揚から個人の資質の高揚へと移行していることが分かります。 『Web進化論』で“総表現時代”という言い方がありましたが、自分の意見や考えを簡単に社会に向けて主張できる時代に入りつつあるということですね。FC2のネット視聴率が日本第2位になったということです! おめでとうございます! 少し前までは芸能人や著名人がブログを使って、自分情報を発信していましたが、今は一般人も気軽にできるようになっています。しかも、その方法も、ARPANETというARPA(国防総省高等研究計画局)がはじめたごく限られたグループでの実験的なものが数十年の間にあっという間に世界に広がり、軍事使用から企業使用、そして個人中心にまで拡大し、情報発信源が恐ろしいほど多量になってしまいました。それだけに勘違いして犯罪に使われたり、社会の混乱の原因ともなっていますが、Web 1.0時代の単なる情報発信ではなく、Web 2.0になり、インタラクティブになったからこそ、いっそう使用方法を深く考え、個人がそれぞれの立場をよく弁えて情報を発信するとともに、入ってくる方法をスクリーニングする能力を培わなければならないですね^^ 私は翻訳の仕事に携わっていますが、通訳は口頭のコミュニケーションといわれ、記録に残りにくい(現在ではICレコーダーとかで簡単に記録可能ですが)のに対して、文書として残る翻訳では、神経を使いすぎて神経性胃炎になるほど(大げさですね)の集中力と努力をして表現に工夫を加えています。 ウェブページ翻訳という依頼も増え続け、ウェブページはURLを打ち込めば簡単に誰でも見れることから、依頼者である企業や個人の意見をいかに正しく、効果的に伝えるかに苦労するところです。“第1の波”、“第2の波”などで有名なA.トフラー氏が“今後は情報と知識が帝国主義に代わって統治するようになる”ようなことを、最近の同氏の著書『富の波』で述べています。個人の資質を上げるよう、歴史に学び、社会に学び、世界に学ぶよう研鑽していかないといけませんね^^ |
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2007-10-15 Mon 00:19
アユタヤ世界には、約3,000もの言語があるといわれています。中でも、コンピュータ技術とIT通信の進歩により、クローズアップされてきたのが、2バイト言語! 英語とかアルファベットなどで表すことができるもの、たとえば、半角英数字とかあると思いますが、そのグループに入ります。アルファベットとかでは表記できないもの、中国語、タイ語、シンハラ語などは半角とかできないですよね(‐‐) これらは2バイト言語といわれ、日本語もそこに含まれます。コンピュータ自体がアメリカを中心に開発されてきたことから、2バイト言語に対応することがたいへんだったようです。少し前のコンピュータはよく文字化けしましたよね。EUC、SHIFT‐JISとかで表記するなどいろいろな工夫が必要でした。 もともと印刷自体は古代中国でしたので、その時代はこんな問題はなかったのでしょう。そして活版技術などはグーテンベルグ初で中世ヨーロッパで発祥し、現代になってアルファベットを基本に対応させていたコンピュータをアジアの発展にあわせて、それらの国の言語に対応させようとするプロセスから、2バイト言語ということばが生まれたのでしょう…。Web制作など、日本人でも、見慣れないアジア言語―タイ語とか、シンハラ語、アラビア語表記には苦労された方も多いはず^^; 翻訳業界もここ10年くらいでコンピュータを通信手段の中心に使うようになり、そのような話題が問題になったこともあります。私も、少し前、アメリカやイギリスの会社と仕事をしたときは、納期ぎりぎりでそんな問題が発生して、苦労した思い出があります^^ もともとアナログのものをデジタルに変換するのですから、そのプロセスはたいへんでしょうね。2バイトもそうですが、その辺を専門に対応するIT関連会社もアラブ世界にはあるそうです。 まとまりのない話になりました^^が。 |
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2007-10-14 Sun 02:35
同時通訳というと、人はどんなイメージを持っているのでしょうか? 「ただ、耳で聞いて入ってきたたとえば、日本語の情報を英語に訳す」って、感じですかね。 これから英語を使った仕事をしようとしている人もいるでしょうが、語学ができれば、それだけで簡単に翻訳や通訳(同時も含め)ができるわけではないんですよね^^; 語学力は当然のこと、通訳する内容の分野がしっかり把握できていないと、現場では、「あ〜、う〜(昔の総理大臣みたいに)」になってしまいます。同時通訳だと、それが如実に現れてしまいます。この写真のように、マイクに向かって、ヘッドホンで話す人の話を聞きながら、外国語に訳すんですけど、内容がまったく分かっていなければ、その流れや使われる特殊用語(業界用語?)も分からないので、違う意味に訳してしまいます(◎_◎; ふつうは、どんなにプロでも、原稿はあります―といっても、訳されたものではなく、日本語から英語に訳すのなら、日本語の原稿が準備され、その流れにそって訳します。 いきなり戦争がはじまったとか、でテレビで放送され、同時通訳が付いていることがありますが、けっこう、「え〜、この人プロ??」ということがありますよね。「し〜ん」としたり、意味が不明な訳だったり…。いろんな知識が必要なんです―実のところ。いろいろな国際学会とか行きましたけど、急遽決まって、専門用語に四苦八苦した経験は私だけではないと思います^^ 同時通訳とか聞く機会があったら、そんなことも頭の片隅にでも入れて、聞いてくれたら、イメージが変わると思います―。業界裏話のような感じになりましたが。 |
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2007-10-13 Sat 03:42
長年、英語に携わっていても、いまだに学ぶところが多いですね。
英語というのは実は世界一簡単な構造だといわれることがあります。 それだけに合理的に内容をやりとりするのには、適しているのでしょうが、どうも、感情を表すのには物足りないような気がします―日本人だからでしょうかぁ〜^^; 日本語は、漢字一字でも、ひらがなを一字変えるだけでも、微妙なニュアンスが違いますよね。たとえば、「は」と「が」…“私は行きます”、“私が行きます” ことばだけを英語にすると、どちらにもとれます。英語はアクセントで表されるので、電話とかで話すと、ニュアンスがつかめるのですけどね^^v メールが日常生活やビジネスでも頻繁に使われている今、この微妙な問題が人間関係に影響したり、コミュニケーションギャップを生む原因になったりするのではと気になるのは、私だけでしょうか〜。もしそれが真実なら、英語の読み書きは得意でも、話すとなると尻込みする日本人(最近は学校教育でもその辺変化が見られますが)には、耳の痛い話かも、ですね。 |
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2007-10-11 Thu 23:44
![]() 仕事のペースっていろいろ違いますね^^; アジアを相手に仕事をしいますが、日本人がせせこましいのか、マイペースというか、仕事に対する価値観が違うのですね。東南アジアは暑い地域が多く、人々もゆっくりペースで仕事をしています。 いつか現地の人に聞いたことがあります−「時間厳守で、きっちりしよう」と。 すると、「君たちはすぐに涼しい日本に帰るけど、僕たちはずっとこの環境だから、体調管理もすごく考えないとね。」という答えでした。 それでも、家族やプライベートには一生懸命な人が多いですよね。まさしく価値観の違い。 でも、アジア圏もすごく努力していて、都市国家シンガポールやマレーシアのクアラルンプール(写真・夜景)なんか開発ペースがすごいですね。 “マイペースを守りながら、大きなことを成し遂げる”ー過労死が多い日本人は見習わなければ成らないことかもしれません^^ といいながら、ホームページ http://www.epsilontranslation-j.com 全面更新を2日で行なってしまいました・・・まだまだですね^^; |
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2007-10-11 Thu 05:16
Google、翻訳機能強化し日本語で英語ページの検索可能へという情報を発見しました。以前から日本語を話すと、数秒して外国語に変換される同時翻訳機がもう数年で出るという情報があり、翻訳を業としている人は戦々恐々としいました^^;
でも、ことばって、機械的には処理できない部分がたくさんあって、なかなかコンピュータプログラム化できないところも多々あるんですよね。自己保身かなぁ。自然言語処理とかを少しでも知っている人なら、少しは分かってくれるかも…。老後は、芸術家にでもなったらよいかも。 |
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2007-10-10 Wed 23:58
ちいさな会社(翻訳)をやっているのですが、まったく分野が違っても
歴史的な人物や哲学書に助けられることがあります。こんな仕事を している方の中には、“語学バカ(笑)”がけっこういるのですよね。 私も、かつてはそうだったのですが、人に何かを伝える仕事には変わらないので、いろいろな人のこと、もっといろいろな多分野を漁ろうと、今、けっこういろんな分野に頭突っ込んでます^^ 「レバレッジリーディング」というのがあるのだそう・・・。 ブログ「レバレッジリーディングのススメ」が参考になりました! ありがとうございます^^ 「生活革命」に役立つかも、と思いました。なんでも探索好きな私 はさっそくいろいろ調べてみたくなりました^^ |
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2007-10-10 Wed 03:06
ついにブログ始動しました^^
翻訳の仕事してるんですが、文化の違いって感じますね。 アメリカ、イギリス、シンガポール、いろいろな国に行き、いろいろな人と会ってますが、 文化という壁がいつも目の前にあります…。 独り言ですが、いろいろな意見が共有できたりしたら、いいなァ、と思い、 ついにブログ発信しました^^ゝ |
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アユタヤ



