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2008-06-27 Fri 23:22
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2008-06-22 Sun 23:51
ふだんニュースをみていると、戦争や平和が繰り返され、現代は新しい時代を迎える前段階という感じがします。まさしく歴史は繰り返すですが、一つ廃れることなく、ひたすら発展しきたもの−価値があります。音楽です。教会音楽からバロック、古典派、ロマン派、国民楽派、印象音楽から現代音楽へと、パッヘルベルのカノン進行、バッハの十二音階、ベルリオーズの固定楽想、ワーグナーのライトモチーフといっそう進化、高度化し、人の心を癒しています。
宇宙普遍の価値だからこそ、時代は変わっても連綿と続いているのでしょう。 ことばもそんな価値の一つですが、政治や経済でも何かの自然な統一基準があらわれる日が来るとよいですね^^ |
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2008-05-31 Sat 00:25
一見華やかに見えるオーケストラの指揮者。指揮を振るのは仕事のほんの一部で、舞台裏はたいへんだそうです。
オーケストラのメンバーは皆プロ奏者だから、解釈や癖もそれぞれ個性的で、そのとりまとめにはたいへんな技量と才能が必要なのでしょう‐。 翻訳プロジェクトを組むたびに、プロ翻訳者のマネジメントで、そんなことを思い出します^^ |
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2008-05-10 Sat 23:52
中世にはモーツァルトのような天才音楽家もいますが、ブルックナーは一風変わってますね。
晩年になっても精力的に作曲活動をしたヴェルディのような人もいましたが、ブルックナーは後年になってからはじめたそうです。すごいですね−それでいて、『ロマンチック』などの、あの整った曲想! マーラーの1番や5番、ワーグナーの楽劇『タンホイザー』、ヴェルディの『アイーダ』、序曲『運命の力』などが好きな私にはちょっともの足りなさが残りますが−。 ドボルザークの5番の落ち着き、憧憬とも違うものの、そんな作曲家の背景を知ると、じっくり鑑賞したくなる曲です^^ |
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2008-04-21 Mon 23:28
現代は、音楽といえば、詩がついているのが一般的になっています。日々リリースされるいろいろなアーティストの歌には詩がついていますね。
しかし、19世紀くらいまでは、いわゆる絶対音楽というものと、標題音楽というものが存在し、本当の音楽は絶対音楽という風潮がありました。ワーグナーが楽劇という新たな分野を切り拓き(といっても継承者はいませんが)、音とことばが微妙に織り成す調和を図りました。 その時代までは、音で気持ちや、風景、状況を伝えることがふつうに行なわれていたのですね。 バロック調の音楽の大家ともいうべきビバルディ。『四季』は有名ですが、本当に春夏秋冬を思い浮かべることのできる各楽章になっていますね。 音とは人間の気持ちや感情を伝えるものでした。ことばも詩人がいるように、同じ役割を果たしていました。同じ役割を果たすものが、一つになったのが楽劇やその少し前からはやりだしたオペラやオペレッタですよね。 現代の歌はその延長のような感じなのでしょうか−。 ただ、本当に感動する歌って、たしかにメロディー自体が、何かこころに訴えるものがありますね。 ことばが荒れているといわれている昨今。音にのせてはじめてその真価が伝わるのは実は悲しいことのような気がします。 最近は、ことばで感動を与える時代ではないのでしょうか^^−すべてがそうとはいいませんが。。。。 美しいことばといわれる日本語。もっと、その真価を理解し、世界に発信したいですね^^ |



