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2008-08-20 Wed 22:14
人はいざというときには動詞を発しますね。最近、これは何語でも変わらないような気がします。
日本語でも、次のように言うことがあります−。「知ってますか?あの噂を」 |
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2008-08-13 Wed 23:55
英語と日本語で一見、同じ意味になっているようでも、微妙に指し示す範疇が異なるものがあります。
英語を母国語とする外国人と話していると、ハッと気づくことがあります。 study とlearn−これらは日本語ではどちらも「学習」となります。しかし、ニュアンスとしては、日本語に訳した場合の「勉強」は、両単語に含まれています。studyには「(努めて)探求する」という意味合いが、learnには「知る」という意味合いが含まれます。 study learn 研究 勉強 知る このようなことから、単語帳で覚えたような一単語=一つの意味という捉え方をすると、微妙にコミュニケーションギャップが生じてきます。 A. I am studying English B. I am learning English. Aは、英語を研究している途中、Bは身につけようとしているところを表します。日本人には難しいかもしれませんが、このような意味の違いから、learn from study(研究して知る)という組み合わせが可能なのです。2つとも「学習」「勉強」と覚えていると、どうにもならなくなり、最終的に英語がいやになるでしょう^^; 言語は環境が大切な理由はここにあると思います。ただしい環境で使われる例文をたくさん覚えて使いこなせば、ネイティブに近いニュアンスを実につけることができるでしょう。よく多読といいますが、その狙いはここにあります。ただ闇雲に読めばよいというのではないですね。 名詞では、「牛」について、英語では次のように分けて考えています。 cow、 ox、 cattle−いわずと知れた「牝牛」「牡牛」「(集合的な)牛」ですね。日本語では、「牛」という単語以外に、牝牛などを表す独立した単語がありません。捉え方の違い、認知の違いです。英語を覚えるとき、語源ストーリーなども織りまぜて、総合的に学ぶと結構楽しく身につけると思いますね。機械的に“詰め込み勉強”するから、いやになるんですよね^^ |
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2008-08-11 Mon 22:02
コミュニケーションにはことば以外に、非言語が果たす役割があります。サイレンスはまた大きな役割を果たしますね。
人と会話をしていると、「黙っている」時間があります。返事に困っている、答えが見つからない、無視している、内容に興味がない、など、表情でいろいろな解釈ができますね。 文字だけを追っていたのでは分からない表現の一面が表情です。昨今、メールや電話等通信手段が発達している中にあっても、やはり会って話さないと分からない部分、伝わらない部分ってありますね。 人と人とのコミュニケーションは、本当にさまざまな要素が絡み合って成り立っていることが分かります。昔から沈黙や静かさで何かを表現しようとした芸術家さえいます。 音楽では、休符だけを楽譜に書き連ね、それを実際演奏した作曲家もいますね。また、クラシック音楽では、静謐感と躍動感を調和させて、流れや感情を表現しようとしています。たとえば、ハイドンは交響曲第94番ト長調『驚愕』について、しばらく演奏してからいきなり大きな音を出すから、標題が“驚愕”だといいます。この交響曲を実際、CDやDVDで聞くと、いろいろな音が錯綜する現代ではそんなに大きな音には聞こえません。時代の流れか、静かささえ、基準が変わったのかもしれません。 ![]() このように考えると、「静かさ」がコミュニケーションの裏の主役とさえいえるのかもしれません。専門的な話しになりますが、実際、言語学(linguistics)で“標識−有標と無標”という理論があり、基準となるのが有標です。たとえば、「大小」関係では、「大きさ」が有標(marked)で、「小ささ」とは言いません。音韻論を含め、音については、「静かさ」が有標であり、無標(unmarked)である「うるささ」とは原則、言いません。「騒がしさ」とはときとき言うことがありますが、「沈黙を破る」という言い方があるように、コミュニケーションやダイアログでは、静かなことが基準になっているのかもしれません。 人と会話をするときに、沈黙した人をみると、コミュニケーションの深みや面白みが増すかもしれません。語学を学ぶものとしては、日本語と諸外国語の会話や対話中の沈黙(サイレンス)を対比すると、外国語の表現や文化的な違いがよりクローズアップされ、面白いですね^^ |






