ビジネス取引において、契約書はつき物ですが、アメリカ(北米)の契約書は本当に細部まで、事細かく規定していますよね。
本来、アメリカはイギリスのコモンローの系統で、具体例を細かく挙げ、関連する法令との比較で、合理的に構成されています。一方、大陸法といわれる、ローマ大法典から引き継がれている法体系をもつもの(ビザンツ(東ローマ)帝国で体系化されたといわれ、なんと1500年以上の歴史!)は、法規定が中心で枠組みが規定されています。
ふだん、英米法にのっとった英語の法律文に触れると分かりますが、修飾語句が多く、どこに修飾しているのか、何を形容しているのかを順序立て、具体例を追っていかないと理解は不能になります。文法、統語的には、形容詞の限定法、叙述法、関係詞や分詞その他可能なかぎりの修飾法をフル活用して、一文が構成されています。それをもともと合理性を表現するのに適しているとはいえない日本語で表現(翻訳)すると、何を書いてあるのかが分からなくなってしまいます。日本語には連鎖接続といい、文脈やニュアンスを同類項として、文同士が意味上、つながっているところがあります。これは英語への変換は不可能です。
中心となる語句は何か、全体のパラグラフで何を言おうとしているのかをイメージとしてつかみ、細部の修飾関係を処理していくことになりますが、この翻訳はその分野を専門とする翻訳者でもかなりたいへんです。現代は、翻訳もスピード化し、Trados等を使って、迅速かつ安定品質が求められますが、法律関連は、構文分析がたいへんで、いちばん苦労する分野ですね。専門の翻訳者も、一仕事終わったら、頭脳疲弊するそうです^^
私も最終チェックすることがありますが、その気持ちは分かります。
慣例なので崩しにくいですが、すべてを一文、一パラグラフで表現するのではなく、短文で簡潔にできるようになっていくとよいですね。すべてを網羅し、抜け穴をなくそうとして、修飾語句、修飾語句を何重にもしている気持ちは分かりますが^^;
グローバル化の時代、ますます国際的にビジネス取引や企業同士のつながりが増えていくでしょう。簡潔かつ分かりやすい、しかも問題を起こすことのない文章表現で法律文ができるようになるとよいですね。

“国際法の父”といわれるグロティウス(中世オランダ)
中世は、オランダやベルギーは、商業都市として栄え、ヨーロッパから世界に向けて、貿易や商取引が盛んに行なわれ、法整備もそれに伴って行なわれていきました。大学時代にネーデルランド文化概論という講義を受講しましたが、その繁栄振りはすばらしかったようです。その時代、日本は江戸時代の鎖国政策中でしたが、唯一開かれたオランダやポルトガルから“蘭学”という形で西欧の文化や知識が入ってきました。その結果、法律も少しずつ、朝廷による勅令形式から市民中心へと変わっていきます。実は律令制度は中国(中国では秦の始皇帝以来、隋、唐およびそれ以降)発で(正式には「律・令・格・式」−格・式は現代で言う手続き法のようなもの)、皇帝によるトップダウン形式の法律統治で、市民法なるものは皆無だったようです。
そのころの法律文は、言い回しは複雑だったものの、大陸式だったため、文構造は分かりやすかったようです。明治以降、近代法として英米法と大陸法がミックスされ、より分かりにくくなったような気がします。
翻訳が分野ごとに分類され、より専門化している現代、法律翻訳も一つの分野ですが、契約は企業同士の重要な取引の窓口となる一方で、円滑な取引やコミュニケーションの妨げにならないように、構造的見直しが必要な時代なのかもしれません^^